2017年6月30日金曜日

虹の向こうの君へ



ふと、亡くなった友達のことを思い出した。

歳をとって、彼女のことを思い出す回数が、さみしいことだけど減ってきている。

思い出さないままに、私もフッと死んでしまうのかな。

ならば、言葉で残しておきたい、そんな気持ちになる。


暗い話です。落ち込んでる人はスルーして。



彼女は小学生の時の親友でした。

私にとって特別な人だってこと、出会った時からわかってた気がするんだ。

二人だけの秘密の感覚というのか、他の誰とも共有できない、特別な親密さが、あった。

ちんちくりんの私と違って、彼女は眼光鋭く、強いことに関して言えば、男子からドラゴンの異名で恐れられていたけど、私の目に映る彼女は、女性らしくて美しかった。「さすがの猿飛」の猿飛肉丸とジャッキー・チェンを敬愛していた。天井に肉丸君のポスター貼ってた。恋心というやつだと思う。


大人になってみれば、 因とか縁とか、そういう理屈がわかるのだけど、まだほんの子供だった私は言葉を持たず、だからあの時の私の感覚を言い表すことは難しい。

二人の間にあった、二人だけの面白さみたいなものも、うまく言葉に出来ないな。
ただ、あの人に出会っていなければ、私の今の、このキャラクターは無かったと思う。


彼女はあまりにも、凛々しく、まっすぐで、そして自由だったから、その内側のある種の可愛らしさ、弱さみたいなもの、深い情緒は、秘密の森に守られた宝石のようでした。

やがて、引っ越しを繰り返すうちに連絡は途絶えてしまって、でも時々風の噂は耳に入っていた。学校やめたらしいよ、とか、そういう噂。

千葉から茨城、茨城から茨城、茨城から神奈川、神奈川から神奈川と渡り歩き、神奈川から東京へ引っ越した年、私はテレビで、徳光さんの「あなたに会いたい」というテレビを見たんだよ。

じゅうぶんな言葉を手にした今こそ、彼女に会いたい。会って子供の頃にうまく言葉に出来なかったことを思う存分話したい。

そんな衝動にかられた私は「この番組にお願いしたら探してくれるかな」なんて思って、番組連絡先をメモしたりして・・・。

それから程なくのことでした。当時住んでいた風呂なしアパートに一枚のファックスが入ったんだ。差出人は、私が、たまたまサクラとして顔出ししていた雑誌の編集さん。

薄っぺらい感熱紙には、幼い日の私の親友が亡くなった旨が記されていました。

私が雑誌に載っているのを偶然目にした同級生が、まず出版社に連絡して、そこから編集プロダクションを紹介してもらって連絡を付けてくれたのですね。私が彼女と仲良しだったことを知っていたから。

私の美しいドラゴンは、メキシコの地で、二発の銃弾に頭を撃ち抜かれ、亡くなりました。なぜそんなことになったか、なんだか想像がつく気がするんだよ。彼女の真っ直ぐで正直なファイターの目に射抜かれたら、誰だって恐れをなすよ。強盗ビビらせてどうするんだ!黙って出すもの出すところでしょ!と思う反面、どうしようもなく彼女らしいな、とも思った。

最初の一報のあと、すぐに報道規制がかかったため、この事件のことを覚えている人は、いないと思う。

ひっそりと行われた告別式でのお父さんの言葉が忘れられません。


うちはクリスチャンじゃないけれど、仏教のお葬式の湿っぽさは、あの子に似合わないと思って、教会での式にしました。二発の銃弾は貫通してくれたおかげで、綺麗な顔のままのあの子に会えました。迎えに行った時、暑い国で亡骸が持ちこたえられないため、現地で荼毘にふしたのですが、最後の最後まであの子らしかった。灼熱の太陽のもと突然ドラマティックなスコールが降ったと思ったら、急に止み、空高く大きな虹が掛かって、それが浮かんだり沈んだりしていました。


空っぽの棺に、白百合の花と、したためてきた手紙を入れて、私は泣き崩れてしまった。もう10年も会っていなかったのにね。生まれてきた以上、みんな死ぬって分かっているのにね。


初期の報道を、同級生達が見ていたこと。私がたまたま雑誌に載っていたこと。その極めてマイナーな雑誌を見つけてくれた人がいたこと。出版社の方、編集社の方が親切だったこと。

そのすべてのおかげで、私は彼女にお別れを告げることが出来ました。


彼女は半ばにして終わったその旅の後半で、婚約者に合流することになっていたそうです。学校をやめてから、大陸横断などの冒険を経て、最愛の人に出会っていたのね。遺影の彼女は、ふっくらと優しい顔をしていました。神秘の森の宝石が、ついに太陽の光のもとに、輝いていた。


時は過ぎ、私はしっかりとオバさんになって、生きている。

あの悲しい事件を思い出すことは、ほとんど、なくなった。

でも、大きな虹の立つ日、鏡の中に、彼女の気配を見る。

もしかしたら、最初から、離れてはいなかったんだな、とそんな気がしています。



でも、願わくば・・・


ちょっと、夢に出てきなさいよ、あなた。

積もる話がたくさんあるのよ。

きっと笑うよ、君は。

そして私も。