2012年4月30日月曜日

逆カルチャーショック突入。


悶々も〜ん・・・。ここはね〜、国の構造だけではなくて、人々の感情まで含めた営みが、えらい複雑なのだ(まあ、インドが単純すぎるとも言えるのだけど、ギャップがね・・・)。その複雑さ加減は言葉で表すのが難しいくらい、かなりのもんだと思います。

うーん、なんか巧い言い方はないかな・・・。そう、「圧倒的なリアリティーの欠如」だね。帰国して三週間。「東京」と仕事したり、ニュース見たり、バタバタした時間の隙間に気づいてしまう、そこらじゅうに開いた「虚構」の深い穴。そして、そこに暮らす私。

それに気づくとき絶対的な「孤独感」が私をおそいます。いやいや、友達がいないとか、理解者がいないとか、寂しいとか、そういう話ではないんですよ。その点は満たされてますから。絶対的って書いたんだけど、そうなの、つまり「リアリティ」なのよね。そこんとこのギャップでしょう。うまく説明出来ないんだけどね。

リアル感覚を虚飾の世界に重ねてみようとすると、ちょっと訳が分からなくなるというか、そいう意味で孤独感なのかなあ。あれあれあれ?みたいな。で、「足もとが不確かなら踏ん張って行くぞ!貫くぞ!気合いだー!」みたいな感じになっちゃうんだけさ、多分違うと思うんだよね。それでは穴に嵌ってますもん。

で、今、私はどうしたら良いか?というと、多分、肩の力を抜いて、ただただリラックスしていけばいいんです、はい。私の見ている風景のままに。ま、わかってるだけエライと褒めてあげましょう自分。

頑張らない。だけど努力は惜しまない。繕わない。だからさらけ出せる位には清くいたい。そんな感じで!

またね!



2012年4月29日日曜日

イベントのお知らせ サントゥール&タブラ コンサート







■■ 日時:2012年5月12日(土)開場7時  開演7時20分
出演: アリフカーン(タブラ)+ジミー宮下(サントゥール)
会場: 深川江戸資料館・小劇場入場料:2000円 (全指定席ですので、ご注意ください。)
詳細:http://ariftabla.info/問い合わせ:090-6505-1782
切符申込み先/連絡先: ディンディガルベルdinbell@hotmail.co.jp  
電話 090-6505-1782  fax 03-5856-1588会場 
深川江戸資料館  
〒135-0021 東京都江東区白河1-3-28
都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」、A3出口より徒歩3分

アリフ・カーンさん(タブラ・ファルカバード派34代家元)が来日し、サントゥールのジミー宮下さんと、下町情緒豊かな小劇場で共演します。先月もコルカタで二人のコンサートが催され大好評でした。アリフさんはロンドンでの公演を終え、日本にやってきますが、東京でのこのコンサートの次の日は、福島県のいわき市で応援コンサートの予定です。

プール。

タイには、打ち合わせで行ったのです。
私は、インドから日本までの間に空白の10日間を設けていました。だって、インドでは激務ですからね。南の島でひとりぼっち、誰にも会わずにリゾートしてみたい・・・という密かな願いがあったのです。しかし、やっぱりそうは問屋が卸さないんですよ・・・。

スーパーカルマヨーギのヒロミダス先生から「タイでリトリートする計画」がもたらされ「とにかく場所を見に来い」の指令に「行くには行くけど、今回はヨガのクラスは一切なしにしてくれ!」とお願いして行って参りました、タイ。

結果、行くべくして行ったのねー、行って良かった・・・という感じ、さり気なくも素敵な出会いが待っていた。本当に粋なことしやがるね、神様は。


リトリートの場所となるマッサージ学校(こちらも後で紹介するね)を見にいっていたのですが、オーナーさんが「午後、近所の施設の人が見学に来る。みんな日本人だ」と言う。で、そのミーティングの席に私を呼んでくれ、HIV感染孤児の為の生活施設 Ban Rom Sai の運営スタッフの方達に出会うことになるわけです。

チェンマイにそういう施設があることは以前から耳にはしていました。というのは、空港でばったり会った生徒さんがその施設を支援していて、今から泊まりに行くんだよ、と仰ってたから。Ban Rom Sai は施設の自立の為にゲストハウスhoshihana villageを運営しているのです。

どうして、タイでHIVなのかってことなんだけど(またこういう事を書くと衝撃的になっちゃうのかも知れないのだけど)、タイには沢山の売春婦の方が居ます。そこに市場があるからです。買い手は(日本も含む)諸外国人。良いとか悪いとかはさておいても、そういう背景があることを悲しいけど否めないですよね。



さて、話を戻し「ここで会ったのも何かの縁」ということで、施設を案内していただきました。マッサージスクールとは車で二分の距離。


下はゲストハウスhoshihana villageのプールサイドで撮った写真。実は、小林聡美さん主演の映画「プール」の舞台になった場所。これがねー、日本女子なら唸らずにはいられない、グッと来ちゃう場所だったのですねー。





敷地一番奥のプールを取り囲むように、十分な間隔をあけて4つのゲストハウスがあります。お部屋の内装がね〜、まあ、可愛いこと、可愛いこと。日本人女子による日本人女子のぐっとくる内装デザイン。泊まりたい・・・というか住みたい!ちょっと北欧っぽいイメージもあるのかな・・・。



ゲストハウスというと、バックパッカーの宿を想像するでしょう、南京虫のいるベッドとね。でも、ここは違うんだ。それぞれ、キッチンとバスルームのついた独立した一軒家です。そして、それは、それぞれの家の建設費を寄付した人がいるってことでもある。ねー、可愛いでしょ?



全体的に白を貴重に、シンプルだけどセンス良く。モノに囲まれて息が詰まりそうな日常から、ひととき自分を取り戻す。そんな時間にぴったり。お部屋作りの参考にもなる。



風呂ですよ、風呂。可愛いのよ、とにかく。日本の人の繊細さで作られているので、南国特有の「最終的に不便に繋がるであろう適当さ」がない。快適なステイが期待出来ます。


ダイニング。広いよー。お友達同士や家族で来ても余裕です。それにしても突然お邪魔したにも関わらず、全てのお部屋は掃除も行き届き清潔で、綺麗にセットされていました。あっぱれニッポン。



それぞれの建物にはそれぞれ違ったコンセプトがあるのがまた面白い。下の写真の建物も四軒のうちの一つですけど、リトリートの時はこの場所でサットサンガしようと思ってる。



敷地内にはバーもあって・・・夕暮れ時、プールを眺めながらムーディーに!リトリートの際はモクテル(ノンアルコール)をお願いしようかと・・・。



バーの向こうには日本語図書館を併設したダイニングホールもあるよ。お勉強したり、ご飯食べたりお茶したり。



ここからは、隣の敷地にある孤児の為の施設 Ban Rom Sai。HIVつまりエイズの感染孤児の住む施設です。施設が10周年を迎えた時の記念冊子をいただき、飛行機の中で読みましたが、涙なくしては読めないものだった。生きるということが含有する、どうしようも悲しみが、そして歓びが、切り離せない双子のように、そこにありました。「生きる」ってことは、こんなにも壮絶なドラマなんだって、死というフィルターを通して見せつけられます。私達は忘れちゃってるんですよね。時々、災害なんかで思い出すんだけど、でもまたすぐに忘れちゃうんです。この真実を。


さて、写真は小さなブティック。子供たちや、地域の人が一生懸命紡いだ布で出来た衣類や、子供の描いたカードを見ることが出来ます。



機織り機。こういう風に手作業で紡いでるんだよ。大変根気のいる作業だよね。



で、洗いをかけると、ぎゅっと収縮した強いガーゼ素材(右)になります。どれもこれも可愛いから一体どういうこっちゃ?と思ったら、なんとデザイン・パターンを寄付して下さるプロの方がいるのだそうです。いろんな支援の仕方があるんだな、と感心。


収納されてる手芸小物。置いてあるだけなのに、可愛い!!



今では薬が良くなって、きちんとルールに従って投薬を続ければ、HIVの発症は防げるという。子供たちが画用紙に描いたような夢いっぱいの人生を送ってくれますように。



今回、偶然にお会いして、案内して下さったスタッフの皆さんと、施設の名前にもなっている、がじゅまるの木の下で・・・。このような出会いをもたらしてくれた大いなるものに、ただただ手を合わせるのみ。スタッフの皆様、本当にありがとうございました。

リトリートを開催するにあたって、近所にもっと格安な宿もあったのですが、そのホスピタリティの素晴らしさと、そしてなによりも宿泊費がそのまま、Ban Rom Sai 孤児院の支援になるということで、hoshihana village さんにお願いしました。



Ban Rom Saiは日本の方が運営している施設。各国と比べて日本でボランティアや寄付、支援を募ることが、どれだけ難しいか、私もよく知ってる。おそらく世界で一番難しい国でしょう。だからこそ自立した運営をすることには大きな意味があると思います。

Ban Rom Sai の活動を知って貰う為のイベントは、全国各地で開かれています。東京では六本木で5月11日〜20日まで。福岡は3日〜13日かな?六本木に私(がまたもWordで作った)リトリートのチラシを置かせていただくことになっています。鎌倉の直営ショップにも。是非、足を運んでみて下さいね!


詳しくはHPに。http://www.banromsai.jp/

横須賀のご報。

 先日、横須賀のまりちゃんのスタジオ Yoga Sala Premal さんのイベントに呼んでいただいたでしょ?あまりにも良いイベントだったのでご報告。前夜遅く到着した私のために、お布団まで敷いてお迎え下さいました。

ふと台所をのぞいてみると、クッキーだ!明日のフリーマーケットとお庭カフェ用ですね。激写!




翌朝、生徒さんたちが集まって準備は続きます。実は売り上げの一部を東日本大震災の被害者の方に寄付するためのイベントなの。これはボランティアに行かれた方が撮影した写真の展示です。



そして、昨年秋には草ぼうぼうだったお庭。素敵なカフェ&フリマ会場に!売っている食べ物がですね、先ほどのクッキーもですけど、プロ並、しかもお安く、大人気でした。このカフェだけでも定期開催にして欲しい。Premalの今後の情報は要チェックかも!


二日間のヨガはこんな感じでしたよ。なんと群馬と栃木から駆けつけて下さった方も!ありがとう。しかし本当に味わいのあるお部屋。こういうのは何て言う建物なのだろう。北関東の農家の建物とは違うのよね。


そして、夜。宮下節雄(〜またの名をジミー宮下)さんのサントゥールコンサート。インドの伝統音楽をマスターするのって並半かなことではないんですよ。グルのもとに住み込んで修行です、まさに。それをくぐり抜けてきた一流のサウンドをこの至近距離で。

サントゥールは北インドのカシミール地方の楽器です。ダイナミックなインドの他のサウンドに比べて、その幽玄さ、繊細さが、少し日本の音に通じるものがある気がする、珍しい楽器です。目をあけてしっかり見よう、と思うのですが気がつくと瞼がおりてしまって、音だけに没頭してしまう実に不思議なに瞑想的な楽器です。ふと周りを見ると全員目を閉じている(笑)。

しかもジミーさんはお話も面白い。スタジオお泊まり組3人は夜遅くまで会話に花を咲かせました。


そんなジミーさんのパートナー(?)、インド名門の若きタブラ奏者のアリフ・カーン氏がもうすぐ来日します。そしてジミーさんとツアーにでる。復興支援のコンサートも含まれています。東京公演は5月12日(土)しかも、2000円というお財布にやさしさ。やすい!ならば私でも行けますとも・・・。

サントゥール、私はラッキーなことに過去に4、5回観たことがあるのですが、珍しい楽器なので、みなさんもお知らせしときますね。やはりインドといえばシタールとかが有名だもんね。あと、タブラ・バヤのファンの方もお見逃しなく。是非全席指定なのでお申込はお早めに。

私は当日、せっかくなので都内のどこかでヨガの教室しようと思います。(今のところ赤坂で10時からの予定ですが、午後出来る場所が見つかったら変更します。)遠方の方もヨガとスカイツリーとコンサート見に、是非いらして下さい。詳細はコチラ。

ちょっぴりホーム(印)シックなSitamaでした。



2012年4月28日土曜日

万物の本当。


Om。みなさま。またもご無沙汰しておりました。何をしていたかというと、クラスをしにいったり、打ち合わせにいったり、あとは苦手なパソコンとにらめっこ。だいぶ頑張ったと思うけど、まだまだ修行が足りんね。ただでさえ素人なのに新しい機種の扱いに慣れず手こずっていますが、何事もチャレンジ。頑張ります。

何気なくつけたテレビのBSチャンネルで見たドキュメンタリーのワンシーン。若手精鋭のヴァイオリニストが先生の指導を受けているシーンです。「もっと深いところから奏でて!」という先生。でも音楽を言葉で説明するのは難しい。ついに先生は「ちょっと弾かせてくれる?」といって彼の楽器を手に取ります。

その音たるや!画面のこっち側の私が泣けてくるような、いくつものレイヤーに彩られた深みのあるものでした。で、ふとテレビを見ると指導を受けてる彼も泣いてるんですよ。(わかる、わかる、そうだよねー=Sita心の声)

「なんで泣いてるんだ?」という先生に彼は泣きながら答えます。

「わかりません。けどそこに何かがありました。」(そうだ、そうだ=Sita心の声)

そして思い出したように、ポツンとこう言うの。

「この音楽は、もう既に美しいものだったんですね・・・。僕はこの音楽を“美しく奏でよう”としていました。」


先生も“伝わった!”とばかりに大喜び。

「Exactly!! そうなんだ、そうなんだよ!」

これなのよね・・・ヨーガは。

この気づきは演奏家にとって大きいのではないでしょうか?奏でることが楽になるのではないでしょうか?奏でることが歓びそのものになるのではないでしょうか?あるいは、全ての人にとっては、生きることが楽になるのではないでしょうか?

それに気づいた音楽家はもはや、音楽と離れてはいない。音楽という自然美の大きさを知った彼は、知ったからこそ自由になる。


全てはもう既に美しい。(ちょっとケンシローみたいだな・・・=Sita )。私達の生にとって、その気づきは重大な意味を持っていると思う。


いつも予告ばかりで申し訳ないけどパソコン頑張って、頓挫していたヤートラの写真と、先日の横須賀の記事、WSの告知など、続々アップしていくつもり。頑張るぞー! 


またすぐにねー!

2012年4月16日月曜日

人だけじゃなくて、すべてが神様。

もうご存知の方も多いことと思いますが、私のパソコン全滅事件(事件じゃないか・・・)。同時に二台も壊れる悲しい運命。

 にっちもさっちもいかず、新調するに至ったのだけど、パソコンが使えないことがこんなに不便なんて、そんな自分にショック・・・。社会全体がパソコンでコミュニケートしてるんだから仕方ないっちゃ仕方ないですね。もうこれからはモノを壊しません。優しく優しく使います。

 私の持ってる本の中で、確かSwami Venkatesananda師だったと思うんだけど、生前のSwami Sivananda先生はこんなだった・・・と書き残している本があります。そこに、Swami Sivananda Gurudevは、何を扱うにも、まるで神様を扱うように大事に大事に扱った、と書いてありました。この部分を読んですごくジーンときた記憶があります。実はGovindananda Swamiも一緒なんですよ。DVD一枚触るにも祭壇のモノと同じに優しく扱う。さすがA型(関係ないか・・・)。

 O型の私はガサツで、何するにもドドーンと豪快にしてしまう癖があって、これで何度もSwamijiに怒られてます。この怒られシーンを目撃してる人も沢山いる筈。パソコンのEnterキーをバシッと叩くと、終わった感がありスッキリするんだけど、「こらっ!なんて扱い方するんだ!それじゃパソコンだって働きたくなくなる!」って100回くらい叱られましたね。昔のパソコンと違って最近のキーボードは感度がよいのです。(昔ってタイプライターばりだったよねえ?印刷の紙も端っこに穴があいていて、つながってる奴だった・・・)

 今回のパソコン全滅事件はよい教訓でした。

 しかし不思議だったのは、サリーとかチュリダール(インドの上下セットの服ですよ)を着ると、こんな私も少し、乱暴者ではなくなるという点。これはどういうことなんでしょうね。女性の女性らしさが少し発生してくる。そういう意味では世に言う「形から入る」というのは有効な気もします。日本ではどうだ?と思って試してみたけど、ただカジュアルなスカートとかでは、女性らしい気分になれない。ちょっとしたドレスとかエレガントなワンピースくらい着ないと駄目かな。

 もっとも、綺麗なサリーきても「あれ持ってきて!これ持ってきて!」と言われ裾をつまんで走り回ってましたから、一緒ですね。滅多にみられない光景ですよ。

 でもこれからは、何でも大事に扱えるよう心がけます。難しいと思うのだけど、一生懸命練習します。そして大事に扱いたいものだけを購入します。毎日傍にいて私を叱ってくれていたスワミジがいないのが、なんだかすごく不思議な感じなんだけど、いないからといって調子に乗らないように頑張ります。調子に乗ってるとすぐばれるような気がするし・・・。

2012年4月13日金曜日

ごあいさつ、ふたたび。




 昨日、今年も無事に帰って参りました。皆様、お元気でしたか?個々のごあいさつの前に、ひとまずこちらで、帰国のご報告をさせていただきます。近々お会いできるのが本当に楽しみ。

 月並みですが、時の過ぎるのは早いもので、2009年にこのブログを始めて2年と数か月が発ちました。ということは、この仕事を始めてから、もう8年目。長い長い記事になりそうですが、休み休み読んでいただけると幸いです。

 2005年、NYで泣きながらSivananda Yoga Vedanta Center(以下SYVC)の指導者養成コースを受けて帰ってすぐ、東京のYOGAJAYAで教えさせていただくようになりました。その話が決まった時は、当時住んでいた杉並から代官山などという洒落た場所に出るのが恐ろしく、NYに逃げ帰っています。「スワミジー、恐ろしくて教えられませ~ん!」と弱音を吐いたら、「何言ってるの?ユミコはいい先生になるよ!さっさと帰って教えなさい!」とあんまり優しくして貰えなかった。最初のクラスのドキドキは、今でも覚えていますね。声が震えるのは緊張なのか、窓から伝わる空気の冷たさなのか、わからなかった。

 2006年。追ってコースを受けたSivakami久美子さんに「SYVC認可のヨガセンターを作るが手伝って欲しい」との頼まれたのは、小春日和の井の頭公園で、鴨がワーワーいって可愛かった記憶。その時、五位鷺という鳥の名前と、チビクロちゃん(と私が呼ぶ鴨の一種)は潜りの天才だということを彼女に教わりました。

 断ることが苦手な天秤座O型の私。我が性格を悔やんだほど苦しいことばかりだったけど、2007年に、都認可のNPOとして、皆が奉仕をしたり、疲れを癒せたりする小さな小さなセンターが誕生しました。その場所を、愛し、訪れてくれる人が居たということ。ますみちゃん、みゆきちゃん、よしえちゃん等など、当時の生徒さんが、今、立派に、社会のリーダーとして活躍しています。かずよさん、たけしさん、ちずるさん、など当時にちらっと遊びに来てくれた、遠くの方々とも、インドで再び会えたり、あそごは、小さいけど、ほんとに温かいご縁の場所でしたね。

 いろいろな意味で私を育ててくれた東京に恩返しをしよう!と勝手に決めて、休みも取らず、ひたすら同じ場所で、教え続けてきた三年間。2008年に上級の養成コースを取った際に、またも「次はインドと世界に恩返しだ!」と思ってしまったのね。それで2009年、レギュラーの仕事を全部辞めた上でインドに行った訳です。

 SYVCの主催する養成コースらのアシスタントを二つほどして、それから、自分の修行と巡礼を少しして、後はインドのセンターで汗疹だらけになって働いていました。「長い間、日々の暮らしの中で私のクラスを楽しみにして下さっていたすべての生徒さんを、ほったらかしにして申し訳ない、でも皆にはちゃんと精進し続けて欲しい・・・。」実は、そんな気持ちから、このブログを始めたんです。

 しかし帰国後、心の中に澱のように沈んでいたモヤモヤが、ついに爆発。センターで奉仕してくれるのTTC卒業生たちの知識レベルが「?」なことに、フラストレーションがたまっていました。2010年のある日。(本人よ、暴露してごめん。読者よ専門話でごめん。)ある先生が生徒さんに「大丈夫、フィジカルボディは貴方の本当の姿ではない。アストラルボディでもない。コーサルボディよ!」と諭すところに遭遇し、「シータ後ろにグィ~ンと90度のけぞる事件」が起こるのですね。もう、「まことちゃん」(・・・て知ってる?)バリでしたよ。

 私は、本当にガッカリしてしまった。ヨガブームで多くの人が先生を目指してコースを取りに行くようになって、もちろん本人たちの姿勢にも問題があるのだろうが、コースのクオリティーがなんだか、低くなっているような気がする・・・と自分で手伝ってみて思っていたのです。いくら私が東京でせっせと補講しても「ああトコロテン式に押し出されたらぜんぜん追い付かない。」・・・と。


 それで、人見知りの私には「無理!」的存在だったSwami Govindananda先生に、初めて個人的なコンタクトを取るのです。この時SYVCは既に、この最後のインド人スワミを追い出してしまっていたのだけど、私は数年ぶりに弱音と愚痴を吐きます。なぜなら、この人だけが私の知っているSYVCのスワミの中で「真実」を知っている先生のように思えていたから。


「スワミジ、私はほとほと嫌になってしまいました。多くのコースはインスタントで、人ばっかり何百人も集めてるのに、どうしてちゃんとしたことを教えないのですか?私が日本で教えても教えても、どんどん聖典にない間違ったことや勝手な解釈を教える人が送り出されてくる。もう疲れました。」

 
 これが、私とスワミジの下で働かせてもらうことになった直接のキッカケ。だから「貴方はコーサルボディ」発言にすごく感謝してるんだ。

 その時のスワミジからの返事は

「おー、シーター・ヨーギーニー!確かに今のSYVCは間違ったことや独自のアイデアを教えているね。だけど僕らのやっている仕事は、組織の仕事ではなくSwami Sivananda Gurudevの仕事だよ。僕の師匠だったSwami Vishnudevanandaも紛れもなく正しい先生でした。だから心配しないで。あなたのダルマ(正義)に従って正しく生きなさい」と。



 2010年、SYVCのタイTTCでボランティア。そのあとインドで、独立されたSwami Govindananda先生と、ゼロから、アシュラムづくりの活動を始めました。2011年6月。かねてからSYVC本部が兼ねてから欲しがっていた私達の小さな認可センターが、正式にSYVCの名義となり大きな場所でオープンします。私はそこに合わせて帰国したわけですが、ブッキングされていたクラスは一方的にキャンセルされ続け、こちらからの問い合わせには応じて貰えない、という状況で出入り禁止だけ言い渡されます。

「追い出した後にやっぱり戻ってきてくれと頼んだら断ってきたようなSwami Govindanandaは、Sivanandaファミリーじゃない。君はその人を手伝ってるから」

・・・という幼稚な理由でした。これでは「追い出したことが間違いだった」と認めているようなものですしね。

 どんな組織でもヤッカミとか、政治的なしがらみはありますが、クラスを楽しみして待って下さっていた生徒の皆さんにまでご迷惑をおかけしたことは、本当に申し訳ありませんでした。遠方から状況して下さった方もいらっしゃったのに。日本的な消極性からこの状況を皆さんに、これらのことお伝えすることを控えさせていただいていましたが、一年近くの時を経て、何もそんなにコソコソする必要もないか、とふと思いついてしまって、ここにオープンにします(笑)。私らしくないし、暗い。

 インドで懐かしい再開を果たした人達に「実はこういう理由で蹴りだされたんだー!」と告げると「みんな知ってるよー!」(私「どうやって?」)「そんなのBBCフラッシュニュースだよ~!」「でも心配しないで。僕らの家はいつでも君の為にオープンだよ!」と言ってくれる。そっか、日本の生徒さんも知ってることだしね。そもそも私なんて、単なる名もない一介のボランティアだったわけで、首にされるとか、辞めるとか、そういう大袈裟な話になる程のことでもないのよね。

 実は私の元にも、幾たびか「東京センターに戻ってきて住んでくれないか?」という打診が何度かありました。声を掛けてくれる皆さんの温かさに感謝しつつ、しかしお断りさせていただきました。

 2009年の時点から「チェータナ先生を手伝うな、Vedanta習いに他のアシュラムに行くな、一生お金の心配はさせないから本部の永久スタッフになれ」などとSwami Mahadevananda先生から制限と打診をされていました。全ては一つというVedantaの教えと矛盾するように思えました。 センターやアシュラムで起こっている数々の教え・・・道義?に反する出来事も見てきたし。


 でもね~、そんな危ない結婚のような話を、この私がホイホイ聞くわけないじゃないですか。肩書や実績なんて所詮「名前と形」にしか過ぎないんだし。「そんなの私の生徒さん、みんな知ってるよ~、Swamij Mahadevも分かってないな~?」と正直思ってた。この矛盾を抱えたまま暴走する組織にどうしてコミットできましょう。だから「所属していない組織からのクビ宣言」は、生徒さんには申し訳なかったけど、私にとっては実はラッキーなことでした。もしかしたら、この記事を記していること自体、保身であるのかも知れないけれど、自分を偽らず、正直に生きていくのが一番。そんな訳で私は、どこにも頼らない、変わらぬ私のまま、Swami Sivananda GurudevとSwami Vishnudevananda Maharajの道具として、この仕事に身を捧げるのみ。


 親愛なるわが師Swami Govindanandaをはじめ、多く師、人生の先輩の口から「十分なキャパシティーがあるのに、何もしないのはダメだよ。本当の意味で自立し、人々をリードし、為になることをしなさい。」と言われ、長年の消極的な考えを捨てました。「自分のヨガセンター?そんなの人が沢山来ちゃったら嫌だからやらないよ!」という変な考え。私は子供のころから、お芝居でいうと脇役の小動物みたいな、責任のない立場が好きなのです・・・が、皆さんの言うとおり、いつまでも子供では(いたいけど)いられません。


 私が場所になる覚悟をしました。「Sivananda Yoga Vidya Kendram」という場を作ります。物理的な場所もありません。何もありません。つまり、私しかいません、うははは(笑)。名前はSwami Govindanandajiと話て決めました。Sivananda先生のYogaの知識の中心、あるいは心臓、という意味です。「いいんじゃない?でも英語読みでKendraにするのはやめてよ、ちゃんどKendramね!」というスワミジらしい細かいアドヴァイスを貰いつつ。


 今は、先生たちを指導することが多く、時には厳しく接しなくてはいけない場合もあるかも知れない。しかし、私自身、師匠に叱られながら、これからも変わらず努力研鑽してまいります。そして明るく、明るく。今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。


故・沖正弘先生の著書の中にこんな記述があります。

「物事の真実を把握して、人に正しさを教えることのできる人のことを霊格者といいます。」

・・・そういう人ってどんな人かというと、

「感謝心、懺悔心、下座心、奉仕心を持ち、愛の心で愛の生活ができる人のことです。」

・・・では愛の心って何?

「愛とはいちばん正しく物事を把握し、いちばん正しく物事を実行することですが、この基本が感謝、懺悔、下座、奉仕の心なのです。このためには体を柔らげること、心は安らげること、生活は楽しむことが必要です。ヨガの肉体的訓練はすべて体を柔らげるものであり、この原則が笑いです。そして、体全体を笑わせるものが呼吸法なのです。
 心を安らげるためには喜びを感じる必要があり、喜びを感じるには感謝心がなければならないのですが、おかげを感じないと感謝心はでてきません。」


 人を指導する人間、つまり先生とは「真実を知る人、つまり正しさを実行し、教えることのできる愛の人」ということですよね。私たち日本人はこんなにラッキー。こんなことを日本語で教えてくれる尊い先人がいるのですから。精進します。

 写真は洞窟に入っちゃったスワミジの鞄持ちをしつつニヤニヤする私。ありがたいことです。これからも一緒に楽しいことを沢山しよう。



ご挨拶にかえて。

Sita 寺崎 由美子

2012年4月1日日曜日

シャウチャ(清浄)に思うこと。

べンガルール(これが本当の名前)空港です。

ついにあいつも帰ってくるか…と思わせておいて、エイプリルフールだから!タイに打ち合わせに行ってから帰ります。

 それにしても空港にきて久しぶりにインターネットコネクションを得た時の嬉しさ。自分は東京から来たんだなぁと、つくづく思いました。

前回、ムンバイ空港で一気にメールをダウンロードして、ゴパール家に行った訳ですが、読めても返事が出来ない。接続ないですからね。夜、一人になってから、大事なものみたいに何度も読み返すメッセージたち。あの狂おしいような切なさは、なかなか乙なものでした。そういえば昔は、手紙ってこんなだったな…と。

今回、旅の終わりに心に残ってる事は、アーユルヴェーダのドクターが授業の中で言ってた何気ない一言。体は何もしなくてもそれ自体で汚れて行くものです。だから施術の前&日々のクレンジングが必要って話なんだけど、はっとしました。

これは肉体に限った話じゃないな、と思ったの。私の心身は人並みにキレイ、キレイなんて油断してたら私なんてどんどん汚れていくんだなぁって。小ずるいことしてみたり、嘘をついたり、そんなふうに簡単になれてしまう。自律というのは本当に必要なものなんだと、その意味を今更ながら深く心に刻み込みました。結局は自分との戦いだし、例え誰かに誘われたとしても、それを言い訳にしない、No!と言える強さが欲しい。

ちなみに昨年は、Oshoの本より「殆どの恋愛は2人の乞食がbegging each other」という言い得て妙な一言で締めくくられました。ズバーッ、バサーッ!座布団10枚!って思ったよ。半年色々学ばせて貰って最後の最後にこうきたかぁ…お見事!…という…。でも10枚だからね、ありでしょう。



北インドでは半年に一度、ナヴァラトリという9日間のDurgaのお祭りがあり、私は前回のナヴァラトリの時にインドに来ました。そして偶然にも、今日再びナヴァラトリの最終日。女神Durgaと共に私も去るとしましょう。6ヶ月の間、護っていただきありがとうございました。働き過ぎて例によってまた痩せたけど、しっかり取り戻して帰国します。日本でのスケジュールについて追ってupしますね。

Hari Om tat sat.

Sita