2009年10月4日日曜日

photo My TTC

 時々先生仲間から「え、それ知らないよ、それTTCで習ったー?」と聞かれます。私はSYVCのTTCとATTCというのを卒業しているのです。そこでは多くのことを学んだけれど、それが全部では無いな、というのが答えかな。もしかしたら10%にも満たないのかも知れない。「とにかくTTCに行って、そこで与えられる知識を一式揃えれば先生」というのは、少し違う、のかも、知れないなって、思ったりも、したり、します。

 TTCを卒業すると、シロ(頭)にヨガのマニ(宝石を)持つ人(ヨガシロマニ)という称号を貰えるのですが、なんか「宇宙船にさらわれて頭にマイクロチップを埋められた地球人」みたいでしょ?(そう思うのは私だけか・・・。)でもイニシエーションも受けたことだし、これは当たらずとも遠からず、ヨガの石を頭に埋め込まれた人になったと・・・、つまりプラクティショナー=求道者として、ここから始まる、ということ。また、ATTCをパスして初めて「先生」の称号が与えられるけど、このacharyaという称号は本来あまりにもビッグなので、この名を持つことの責任は実に重いのです。


 よく道におけるアプローチ方の違いをこういう風に例えますね。Bhakti Yogi は子猫、はぐれても母猫を必死に呼べば、母が必ず来て子猫の首根っ子をくわえて運んでくれる。Jnana Yogi は子猿、樹上を飛び回る母猿に必死にしがみ付いて行軍する。私自身も少なからず信仰というものを持つので、両者の違いはハッキリと認識できます。勿論、自我を放擲すること=神の名を信じ唱えることも大切ですが、そもそも「先生」というのは必死のしがみつき=求道心がないと進めない種族なのです。巣の中の雛鳥のようにそこに居て、口を開け、親鳥の運んでくる餌を待つだけじゃ、どこにも行けない。なぜなら「先生」は翼を持たないから=ただの人だから、です。ただの人の私にとって、指導するということは即ち、まだまだ修行の一つなのだと思います。そんなわけで懐かしのTTCの時の写真でも。若い・・・。





常に勉強ばっかりしてた。英語がダメだったから、人の3倍やっても追い付かず落ちこぼれ。廊下のサイドテーブルを文机にすることを思いつき、受付嬢よろしく毎日そこに正坐してたら Yumiko’s office と呼ばれ人気が・・・。通る人が立ち寄りって世間話をして行くのでよけい勉強が進まず、Yumiko's officeは撤退の憂き目となる。当時から靴下は4枚履きです。


コリアンのヒュンジン、チャイニーズのオーシャン、ジャパニーズのユミコ。たった3人のアジア人。ヒュンジン(左)も私と同じくらい英語がダメだったが、授業はテキトーに流してました。日本人て深刻になりすぎるのかも。私と誕生日が同じオーシャン(中)とは縁があると思う。懐かしの私の特等席は最前列のスワミジの真ん前で、最初の1週間は泣きながら必死で聞いてた。

ガリ勉の癖に、踊り狂う。インドの楽団が来て、拍子木を叩きながら輪になる、盆踊りにそっくりなのやった。パーティー好きの血が騒ぎ、輪の中に躍りでて大ハッスル中。私はコースで一番最初に泣いた人間だったけど、速攻で立ち直ってしまい、ハイパー元気に。TTCで得た最大のものは、知識よりも、ペイシェンスとオプティミズムだと思う。本当に大切なものを頂きました。