2021年7月26日月曜日

7月30日(金)20:30 (Japanese Time) Lalitasahasranamastotram with Swami Nivedanananda ji for world peace



Followed by English ↓
夏です!心も身体も健康に、素晴らしい夏にしましょう!
そんな夏の入り口で、今月もインドのスワミジと一緒に集って女神の千の名前を唱えます。

日本時間の夜8時半。仕事をすべて片付けて、入浴も済ませて、静かな気持ちで座っていただくとよろしいと思います。場所的に声を出すのは難しい場合は、静かにスワミジのお声に耳を傾けて瞑想して下さいね。

スワミジと私



トピック: Lalitasahasranama Stotram Chanting with Swami Nivedanananda Ji
時間: 2021年7月30日 08:30 PM 大阪、札幌、東京
Zoomミーティングに参加する
ミーティングID: 849 0218 6585
パスコード: 830942


※通信上の問題が発生した場合には、中止または延期になる場合がございますので、ご了承下さい。

※お手元に「Lalitasahasranamastotram」の本が無い方は、WEB上にPDFをダウンロードできるサイトがいくつかあります。(例:サンスクリット版英語音訳版
※入室時にパスコードの入力でミスがあると、誤ったコードをブラウザやアプリが記録してしまう場合があります。何度入力しても繋がらない場合は、アプリやブラウザを再起動して再トライすると良いと思います。
※音声の伝達速度にバラつきが生じるため、スワミジ以外のマイクはミュートして、それぞれスワミジのお声に合わせてご自宅で詠唱します。



Hello, how are you all? We will have a great oportunity to chant Lalitasahasranama stotram with Swami Nivedanananda ji on Zoom. Please join freely if you'd like to have a peaceful time for prayer. We will chant together on Zoom. I'd like you to kindly mute your microphones except Swamiji's. There must be latency of sound because of the speed deference of each signals which we use. We will listen to Swamiji's voice and chant with it, or you can meditate on the sound in meditative posture. Let us purify our mind and pray for all beings.

If you have no book with you, you can download PDF from differnt sites. (For examle... Sanskrit, English )

*There is possibility it will be canceled by issue of internet. Thank you.

Topic: Lalitasahasranama Stotram Chanting with Swami Nivedanananda Ji
Date: 30th, July, 2021  
Time: 5:00 PM(Indian Time)
Meeting ID: 849 0218 6585
Passcode: 830942

I'm looking forward to seeing you on zoom. Om.

Sita





2021年7月12日月曜日

その窓の話。ヨーガとか瞑想とか聖典とか。

長い雨降りの合間、昨日は毎年恒例の横須賀のクラスにお呼ばれしてきました。


毎年お伺いしているにも関わらず、会場がこんなに駅近で海近であることを認識していなかったのは、なんという節穴なお目目。

港に臨むモールのフードコートがまた綺麗に作られており、

「いいんですか?素うどん一杯で、この景色?」って感じ。


昨日の座学のテーマは瞑想だったんだけど、こちら側~私の個人的To Do List~の視点からいうと

「言葉の指し示す意味と目的をハッキリさせるため の”くさび”を打つ、という草の根運動」の一歩でした。

瞑想っていう言葉がマーケットで独り歩きしている時代に、言語化して頭の中をキチンと整理する。人に対して、それから自分に対しても。

まあ相手が子供さんだったら、方法はまた違ってくるのですけどね。



最近では、友人や生徒さんのなかで道場に通う人も多く、ドラマや映画の世界でもフツーに出てくるようになった「瞑想」という言葉。日常会話の中でもチョイチョイ出てくる。

その中でモヤモヤすることも多くて、しかし、単なる世間話の中で議論する気もないので、口をつぐんでいる。これは「ヨーガ」や「聖典」などの言葉もそう。雑誌の対談とかに引っ張り出されたりすると、こちらの意図と正反対の言葉に置き換わっていたりするから、もう恐ろしいので近づきたくない。


モヤモヤの正体。


「瞑想」をする、「ヨガ」をする、「聖典」を勉強する、というように、これらの「目的語」は、ちまたでは純粋に「行いの対象」と認識されている。


・・・私はとても美しい風景を見つけた。他の人にも見せてあげたい。
その人をこっちに連れて来て、

「ねえ、見て、キレイなの! ほら、あそこ!」

と窓の方を指さすのです。


すると、その人は

「ほんとだ!素晴らしい意匠の立派な窓枠だねえ!」

・・・!

「窓の話してねーよ!向こう景色だよ!」

と心の中でズッコケ・・・

みたいな話。


野球はするし、映画は見るし、ご飯は食べるし、小説は読む。

でも瞑想をする、ヨーガをする、理論や聖典を学ぶ、というのは、そういう一般的と視点の異なる、特殊な対象物なんですよ。

それらは、それ自体を「する」とか「学ぶ」ために存在するのではない。

窓枠を見ようとしていたら、窓の向こうの景色は見えないんですよ。


「それらを通して自分を知ろう」という姿勢と目的が定まっていなければ、それらを使いこなせず無意味なものにしてしまうし、余計に人間をこじらせる。


ヨーガも聖典も瞑想も、自分自身を見るための窓。


単なる知的欲求を満たすことでも、読んだ本リストを増やすことでも、RYT200だの500だのを修得することでもない。


それは、それぞれが自分自身の人生を愛して生きることなんだよ。


私が普段、生徒の皆さんと親しくやりとりしたり、年に一度はタイで(ここ数年は高知でも)みんなと寝食を共にして、瞑想や体操や講話の合間に、一緒に笑ったり、美しい自然を体験をしたり、語り合ったりする機会を設けているのは、

「ねえ、見て!ほら、キレイだよ!」

っと言うために、心を開き合って窓辺に並んで立とうとしてるの。

「違う違う、窓枠じゃなくって、あなたのキレイは、ほら、その向こうだってば!」

ほら、見える?私の窓枠も、あなたの窓枠も、まあまあオンボロだけど、ほら、窓の向こうの太陽は、隔てなくキレイだね!私も生きているね、あなたも生きてるね!キレイだね!

・・・・と。

皆さんが学ぶのは窓枠の方じゃなくて、その向こうですよ、という話でした。


今週末の草の根運動は、たつの&京都です。地道にくさび打ってきます。
まだ空きがあるかもです。詳しくはお問合せを!