2020年12月11日金曜日

おろちの道!(後編)

続きです。

前編で、「アイデンティティーを補うために何かをするのは時間がもったいないから、好きなこと、これをやってるとホント喜びがある!ということをした方が良いよ」という話をした。

では「好き」って何だろう、て疑問が出てくるわけです。

それって人それぞれだし、同じ一人の人においても、その時々で違った「好き」があることでしょう。

なんにせよ「好き」の持ち主である本人を、調和と前向きな精神状態へと導いてくれる「好き」こそが、健全な「好き」ってことだと思います。


ちなみに前編で私は「好きなことをしたらいいよ」と言ったけど、それは「楽して生きる」とか「低コストで高い利潤を得る(せこっ!)」ことではなく、「好きなことをする為に努力が出来る」ってことです。それが「好き」かどうかを計る指針の一つだと思うよ。

ここ10年くらい「最小限の努力で、最大限の利益を得ることが人生の成功」的な風潮があるけど、それって極めて消費者的な考えに思える。地球上でで、消費舎に繋がれた消費人が増えたってことなんだろうね。「1貰って100倍返しちゃった損じゃん!損したら人生負け!」なロジック。

わかった。消費者的っていうのは、物質主義的ってことですね。

いやいや~、でも、世界はそんな目に見えて単純なものじゃないから~。

100倍返した人にしか見られない景色がある。

むしろ半沢からがスタート地点?みたいな。


先月から友永乾史先生と二人でひっそりと始めたトークライブ。その第一回目で録画を失敗するという痛恨のミスがありました。で、参加者の皆様へのお詫びと振替案のご呈示をさせていただくやり取りが発生したわけです。すると乾史先生からなんどもお気遣いメールが届くんですね。「余計な仕事を増やしてすみません」と。

それを読んだ私は「あら~優しいわ~」と思いつつ、頭のもう半分で別のことを思い出していました。

2002年から2004年のどこかの金曜日。御母堂の友永先生が、ポロリとこんなお話しをしてれました。

「先日、夜家に帰ったら、洋服が床に落ちていたので、その服を辿っていくとそこはお風呂場でした。でも電灯は付いていなくて、仄かに揺れる光はキャンドル。息子がロウソクの灯お風呂に浸かっているのです。はあ~、こんなリラックスの方法もあるのだな。素敵だな。」

そしてお話のまとめは、こうでした。

「人間、好きなものに囲まれて生きるというのは素晴らしいことですよ。」

あの日から、変態もとい不肖「おろち」の私は、今日までずーっとこのことを考え続けて生きてきた。おろちだから。


好きなものかあ。

でも世の中好きなものばかりじゃないものなあ。

それに犯罪とか好きな人はどうなんだろう・・・ていうか、犯罪好きってそれ本当の「好き」なの?それとも別のなにか?

そもそも好きと打算の違いって意外と見分けがつかないよ?

etc...

で、その時至った結論は、

自分が「本当に」好きなもの、必要としているものを見極められるようになることが大切なんだな。

それから「好き」の対象をより良いものに成熟させていくことも大事だろう。

の二点です。


あれから十余年。

それがここに来て大転回してしまった。


「乾史先生、優しいなあ~。でも、意外とこの余分なやり取りって苦痛じゃないんだよな~。損した気もしないし、貧乏くじ引いてる気にもならんし、なんなら結構満ち足りた感じすらする・・・・え?!もしかして、好きなことに囲まれて生きるって、こういうことなんじゃないか?」

嫌いなものがない。

それが好きなものに囲まれて生きる「究極のかたち」か!


ふ、深い、先生・・・・!


でも、多分、そうなんだと思う。

好きと嫌いの違いが無いってこと。


好きなものだけに囲まれて生きられたら、確かにそこは天国だろ。

これから、まだまだ嫌いなもの減らしていけるのか?

いけたらいいな。


・・・という新たな結論に至ることが出来たので、失敗しても損するってこと一つもないんだな・・・とつくづく思いましたね。


という訳で、最後はまた告知になっちゃうけど、今月も懲りずにトークショーやっちゃいます。今月の私の選曲はSong for salutationsです、しかもノリノリで。録画でもリアルタイムでもご参加お待ちしています。



12月14日(月)20時~21時 ディナーの後にあいましょう!

お申込みはコチラ


おろちは今日も粘り続ける。

ねばねばのネバーギブアップだ!

(↑半沢でお願いします。)


おろち倶楽部の構成員は現在4名。

メンバーは私おろち、パイソン、うわばみ、並びにツチノコです。

全員そういう意味では変態です。


キングコブラ会長に激励をうける ”おろち部長”と伝説のスネイクチャーマー













おろちの道!(前編)

 私は昔から、格安物件、格安航空券、格安ホテルなどを見つけるのが得意。これまでに最もお得だった航空券は東京‐NY往復2万円代、2005年のことである。

今住んでるアパートもかなりお気に入りのグッドディール。この不景気で生活を可能にしているのは、やりくり一本と言っても過言ではない。

25年前、「24時間の大半を働きまくって、やることといえば金を使うことだけ。なんと阿保らしいことよ・・・」と私は思った。当たりまえとして受け入れている社会構造だけど、これって人間を消費者という家畜として飼いならすシステムじゃん・・・みたいな。


斯く言う私もその構造の中に住まう人間なんだけどさ、そのシステムを理解して煙に巻かれないように暮らしていきたいな、と思うわけですよ。

ランニングコストを抑えて、好きなことをする時間を手に入れたい。だからこそ、やりくり。

さて、私のアパートは小さな1K。掃除は毎日したいので短時間で終わる狭さが良い。狭いのでベッドは入れず、喫茶店の二人掛けテーブル2000円に「不用品あげますアプリ」で探した椅子は無料。

問題は二つある本棚が小さく、手持ちのCDとか、本や資料が入りきらないことなんだけど、メルカリで茶箱を手に入れて、無印良品のミニ台車の上に載せてテーブルの横に設置。さらにメルカリで手に入れたA4サイズが縦に収まる木箱を乗っけて、すぐに使う本やノート・・・まあ勉強道具ですね・・・を収納したわけです。




この木箱が大活躍。木箱の出現以前は、お茶箱の上に縦積みしていたので、日々の雪崩が大変だった。

夜は部屋が暗いので、リングライトを活用します。



ということで、これが私の勉強環境。

ボールペンの替え芯とノートのストックは必須。

ちなみに授業を聴くときには、裏が白い紙を見つけたら何でもかんでも取っておいて束ねたものを使います。これはここ10年インドで出来た習慣ですね。インドでは弘美さんに「ボンビーマックス!」と呼ばれていた。

(ボンビーマックスとはつまり創意工夫のことだけど、私のボンビーマックスは結構すごい。物のないところから何でも作る。枕、ふんどしパンツ、クリスマスツリーも作った。マギー麺を使った高級中華風汁麺とかも。そしてそれらのどれもが貧乏臭いからボンビーマックス。服は人が捨てていったものを着ていた。どうせ色んな作業で汚れてしまうので。)


で裏紙に取った授業をちゃんとしたノートに纏めていくんだけど、ボールペンを使いたいので修正テープが必須なのよ。ここはケチらずに120m分まとめ買い。今年だけで50mくらい使いました。修正液だと乾くまでの時間が勿体ない。

ノートは何冊にもまたがるので最終的に製本テープを使って一冊にまとめる。


・・・というようなことをやって暮らしています。


インドでスワミジ達に教えて貰ったこと。講義を聴いて終わりな訳はないんですよ。教わったことを理解するまで、残りの人生の寝ている時以外、ずっと考え続けてろ!ということなんですわ。で、たまたま私は、これを「好き」だったから出来てる(もちろんまだまだではあるけれど・・・)。


だからみんなも、心から好きだと思えることをしたらいいんだと思うんだよね。「手持ちのアイテムを増やす」ことが目的だと勉強は楽しくない。心から打ち込めること思う存分やっているうちに、好きの対象が勉強に移る日も来るかも知れない。

逆に、多少覚えが悪くとも、好きならば学び続けて欲しい。こういうのは他人と比べてどうこうって話ではない。


これは勉強だけに限った話ではないんだけど

「私には何か足りないから補わなければ」

という考えはこの際捨ててしまったらどうだろう。


・・・って「習いに来てください」って言ってる立ち場でこんなこと言うのもなんだけどね。


「そんな悠長なことは言ってる暇はない。それなら勉強を好きになりたいんだ」という人。寝ても覚めてもその対象の事ばかり考え続けていれば、多分好きになるよ。言い方悪いけどストーカーになれ、って話です。


学びの成就の極意をお伝えしておきますよ。


「教えられたら学び返す・・・・100倍返しだ!」


それ以外にはないね。うん。

もはや変態の道ですよ。


筋トレと同じではないでしょうか?自分で実践した分しか身にはならない。


ちなみにこの半沢的な執念を私と弘美さんは「おろち」と呼んでいる。

おろち部、部員募集中です。



















2020年12月3日木曜日

ちゃんとオジサンになるという素敵。

師走ですか・・・。早いものだ。

家にばかりいたし経済的には低迷期だと思うんだけど、精神的にはとても充足感のある一年だった。もう一年くらい、なんなら二、三年これをやってもいいような気もしている。

直近の十年間が「外でアクティブに経験の嵐!」って感じだったんだけど、それを腑に落としこむ時代が自分の中で始まったんだと思う。十年の濃さに対して、たった一年のステイホームでは足りない。

私がインドで何をやっていたか。以外と知らない人もいるので、掻い摘んで書いておくことにする。


10年前、スワミGが大きな組織から独立されたので、

「一人では大変に違いない!下働きでもお役に立てれば!」と思った私。

(長い名前のスワミジがたくさん登場するので、頭文字・・・)


スワミT「もしもし、スワミジー、一人で大変だけど、手伝いの人はいるの?」

G「シーターというのが日本から来ると言っているが。」

T「おおー!シーター来るんなら大丈夫!」


というやり取りがスワミ間あったそうで、どういう基準の太鼓判なのかは分からないけど、とにかく渡印した2010年の12月。ここからインドでのあれやこれやが始まったわけです。

最初の一年目は、言葉に尽くせないくらい濃厚な時間でした。スワミGとゴパールジ(というオジサン)と私の三人態勢で大人のためのグルクラムをやっていた、というようような状況。


なんといってもゼロからだから、とにかく大変だった。

でも、とてもとても特別な時間だった。これまでの人生でもっとも特別な輝きを放つ時間。多分スワミGも同じように感じているのでは、と私は勝手に思っているのだけど・・・。

この頃のことは、じっくりと噛み締めて、いずれ言葉として残したいな、と思っています。


以後、年を追うごとに関わる人が少しずつ増えて来て、今では、あの頃の感じとはまた違うアーシュラムだけど、二年目、三年目はまだまだ黎明期。これまで何百人の生徒さんを送り出してきたけど、当時のコースの生徒さん達のことは特に良く覚えています。

彼らと寝食を共にして、教え学んだ時間は、子育てをしたことのない私が、疑似的ではあるものの「親」であることを学んだ時期だったような気がする。これについては出家のスワミGも同様の感覚があったのではなかろうか。

私は、さながらアーシュラムの小うるさいオバちゃん、お母さんみたいな役どころ。

私はここで初めてオバサンにして貰ったんだと思う。

もう私は時代の主役ではなくて、これからの若者を守り育む側になった。世代交代を引き受けたというか、一般的に人間にはその年齢に応じての役割ってのがあるんだなあと、実生活のなかで知ったわけです。


既に知り合いだったアヌープが学びに来ていたのは、8年前のちょうど今頃。彼を含めて20代半ばのインド人が4人、他に西洋人の人。私が居るということで、日本人の方も来てくれていました。

インド人の小顔ときたら・・・!


(ちなみに日本からの生徒さんには、いつも本当に心を癒されてました~。感覚的に共有できる何かがあるんでしょうね。それにお煎餅とか醤油とか甘酒とか持ってきてくれたり。ほんとにありがとう!)

さて、この四人組が、他の同世代と比べると、純粋というか子供っぽいというか、なんだかとても可愛くてね。とても良い子達だった。(悪ガキもいっぱいいるのよ、これが。笑)

基本的に彼らは仲良しで、いつも一緒に行動していたけど、毎日のように「シ~タ~マ~!」と誰かが私のドアがノックする。「やれ喧嘩だ、やれホームシックだ、やれ誰々が泣いた、誰々が怒った」と、まあ忙しかったわけですよ。

今日たまたまFacebookを開いたら、アヌープのルームメイトの「もう一人のアヌープ」がコースを終えて帰る瞬間の写真が出て来て、とても懐かしかった。

後ろには本物の子供のロシンとハリダの姿も!


あの時のことも、よく覚えているよ。

「ヒマラヤに帰って頑張れよ!君は良い先生になる!大丈夫だ!心配ない!」的なことを言った気がするな。

うっすら涙目で別れを告げる彼の姿が若い。子供だなあ。

まあ、この日に限らず、四人が四人とも本当に無邪気によく泣いていた。


そんな彼が今、ちゃんと立派なオジサンになっていることは想像に難くない。

男の子ってほんと不思議な生き物で、いつの間にか大人の男になっている。

女の子達もきっと可愛い奥さんになっていることでしょうね。


もう一方のアヌープもはというと、こちらもちゃんと立派なオジサンになっている。インドで三十半ばは立派なオジサンだ。でも、ちゃんとオジサンになれるって素敵なことなんだよ。近ごろ日本じゃ、大人になるって、なかなか難しいんだ、。

アヌープが17歳の時に開設した学校の存続のために、今、クラウドファンドが立ち上がっているので、良かったらそっちも覗いてみて下さい。

https://readyfor.jp/projects/premametta2020

新着記事の更新がいつも楽しみです!

がんばれ!

2020年11月13日金曜日

シータマを探せ@11/16 新月の夕べのサットサンガ


恒例の(・・・だったっけ?)クイズ!シータマを探せ!じゃかじゃんっ!


正解は巻末(笑)に。


みなさん、お元気ですか?


日頃のやることなすこと「思いつきで・・・」ってことが多い。

閃き待ち・・・というか、閃いちゃったことは取り敢えず、やる。

やることで何かを狙おう!って訳でもないし、その先に何があるかは、全くもって分からないんだけど、「やる」ってことに「コミットする」ことに意義がある。

・・・ような気がしている。

そんな今年のある日、「私、友永乾史先生とトークライブしようっと」と思いついた。

乾史さんは、言わずと知れた、友永淳子先生のご子息である。

お互いに、見知った間柄ではあるが、とりたてて交流の機会はなかった。


だからこそ楽しいじゃない?

それも出来るだけ、ひっそりやろう。幻のなんちゃらってやつだ。

(という意識があるためか、いつも告知に消極的・・・てかサボってしまう)

こっち、こっち、こっちを見てー!

 私、私、私を見てー!

っていうのは、巷に溢れかえっているので、

そうじゃない感じのがいい。


作り込まないで、ただの私として衒わずに話をしてる姿で、出たいなあって。

そりゃ、普段クラスを教えている時だって、自分を作り込んじゃぁいないんだけど、クラスってのは、明確な目的があってお話ししているんですよね。

「今日はコレについて理解して貰えるようにしよう」とか、その日その日のターゲットがある。だから「私の思うこと」を話している時間は、あまり無いんですな。


だから、トークライブで「私が私として思うこと」を話してみたいなあって思ったのよ。

そして、その「”今”感」が、自分じゃない誰かと対話することによって、もっと引き出される気がするなって思う。


だいだい新月の近くの日の夜に、ひっそり集まってやろう、ってことになりました。

本当はライブハウスや夜のカフェみたいなところで、皆と温かいドリンクでも飲みながら開催したかったんだけどね、ま、仕方ないです。

それは、ま、コロナが明けたらってことで、今はオンラインで。

Youtubeで垂れ流し配信も考えたんだけど、少しだけ入場料を頂いて、一カ月の中のちょっとだけ特別な時間っていう、ささやかな”お楽しみ感”、”大切感”?のある「催し物」にしたかったので、こんな形を取りました。リアルタイムでも視聴していただけるし、後日、録画を見るのでもOKです。

それと、このイベントで私たちが制作の目標として掲げるのは「8時だよ!全員集合」です。あ、面白いことをするって意味ではないです。


思えば、チェンマイのバーンロムサイを応援するリトリートも、思いつきからだった。

それが2012年から続いてる。

京都の夏のリトリートもそうだね。

どれも小さなことだけど、ひっそりと、時間をかけて根を張って、花を咲かせて、果実を実らせてきた。


その実や花や木陰が、そこを通りかかる人達の、ほんのひとときを喜ばせたらいいな。


そういう路傍の立ち木のように居たい。


もちろん、その人の人生を丸ごとを救済することは出来ない。

だけど、疲れ果てた旅人の、その一瞬に寄り添うことは、出来るかも知れない。

また、前を向いて、鼻歌なんか歌って、旅路を行こうって思えるように。


追伸:もう一つの思いつきが日の目を見る時を待っています。

「しいたけとしいた リトリート」をやりたい、と勝手に思っている。

しいたけ、とは占いのしいたけさんのことです。一面識もないけど。




トークライブ「シー友の 新月の夕べのサットサンガ」vol.1 シー友の見たインド2020/11/16(月) 19:00~20:00(リアルタイム)、終了後は録画を視聴出来ます。

参加費:500円

チケットはコチラから 

※インターネット環境が必要です。リアルタイムのご参加の方は、事前にZOOMのアプリをダウンロードして下さい。


答え:みんな正解したかな?スケキヨじゃないよ、シータマだよ!










 









2020年10月9日金曜日

オンラインとプラーナ話☆後日談

 



4か月前にこのブログで、オンラインのアーサナクラスをしない理由について書いたら、密かに読者の皆さんがザワついていたらしい・・・という予想なんだけどきっと当たってると思う。


アンチってわけではなくて、要は、


「オンラインのヨーガは、(ハタヨーガ本来の目的である)エネルギーワークとしては機能不十分なので、(立場上)それをヨーガと呼んでしまうわけにいかないので、やらない。」


って意味のことを書いたんですよ。


立場上ってのは、皆さんの理解を少なくとも混乱させない、ということです。

矛盾する情報を極力伝えるべきでない立場。


私が変なカタカナ語を使ってしまったのが良くなかったのかな、エネルギーワーク、とか。

それで悶々としてしまった方々から、プラーナについて教えて下さいって聞かれるようになった・・・

・・・のですが、皆さんが私から聞き出したいことって、いかんせん言葉で説明して理解に繋がる内容ではなかったもんで、まあ私としても何もせずに今日まできたわけです。


今の時代、「教わる」っていうとマニュアルブック的な情報を知ることであって、日常生活もライフハックみたいなネット記事とかウィキペディアとか頼みだったりする。


ん?


でも、これって今に始まったことではないか。

昔から、日本人はマニュアルが好きだった。


私が中学生の頃に読んだティーン雑誌「Lemon」によれば、デート中に食べるケーキはミルフィーユが良いらしい。ショートケーキだと途中に転倒したりしてグッチャグチャになるからね。


同じ理由でスパゲッティよりドリアね。


ハンカチは予備で二枚持って行きましょうって。ジュースこぼしたりした時にサッと出せるから。(懐かしすぎて笑える!)


あ、話が逸れました。


「教わる=簡単な方程式で結べる情報を得ること」ってみんな思ってるって話だった。


まあ、そんな風に得た情報はね、むしろ本当の学習の妨げにしかならない場合が多いよね。

その情報が先入観になるから、本当の知識が入ってこない。


う~ん・・・まあ、容易に解りえないことも、言葉に置き換えてしまったら、安心出来るんだろうな。多分、そういうことなんだと思う。


でも、そんな世の中で私が感じるのは、経験的な知識の”圧倒的な”不足です。


スパゲッティのソースをはね散らかすことで仲良くなれるチャンスを逃しているのよね。

それじゃ人生の半分損ですよ・・・ってなわけで、まあ私はずーっと口をつぐんでいたんですよ。


そしたら先日、四万十のリトリートの時に、カゴちゃんがテケテケっとやって来てこう言った。


「今朝ワッシーとも話してたんだけど、シータマが前にブログで書いてはったこと。あん時はなんのことやら分からなかったけど分かった!オンラインと対面で、ホンマに違う!プラーナってこれかって。」


そうです!

そういうことです!


ということで、これからも、もっともっと自分で感じていって下さい。


猫もやっぱりオンラインより対面がいい!


これって、多分、音楽とかにも同じこと言える筈だよ。

2020年10月8日木曜日

10/18(日)10:00-11:30 オンライン開催【 Find yourself 特別WS:寺崎sita由美子&友永乾史先生(友永ヨーガ学院)】”息のヨーガ”と“生きるヨーガ” (呼吸の実践とヨーガ対談)



みなさん、こんにちは。お月見を過ぎたら、一気に涼しくなりましたね~。
私も10年ぶりに冬とご対面なんで、心して冬支度を始めました。

今日はお知らせ。
今年に入ってから、お知らせを徹底的にさぼっているので、今日はちゃんとします。


来たる10月18日(日)、渋木さやか先生が携わるオンラインサロン「Find Yourself(トップページの末尾までスクロールダウンしてね)で特別プログラムをさせていただきますよ。サロンのパスをお持ちでなくても、どなたでもご参加いただけます。当日お忙しい方のために、録画で視聴も出来るようにしていただいたので、是非是非覗いてみて下さい!お申込みはコチラから。

サットサンガか講話を、とのご依頼だったのですが、せっかくの機会だし何か面白いことをしたいなあと思って、友永ヨーガ学院の副院長であられる友永乾史先生にラブコール。対談しちゃいます。乾史先生、ご快諾下さりありがとうございます。私は乾史先生のことを、ひそかに同世代の同志だと思っていて、一度じっくりお話ししてみたかったのです。

建前抜きの本音の心の声(いつもだけど)を、オンラインで配信してみるよ。

2020年は、なんだか特別な年でした。
薄曇りの心のままで過ごされるかたも、未だ沢山おられると思います。
でも、私は声を大にして言いたい。
希望というものの本当の在りかを、知って欲しい。
胸の明かりをみんなで灯そうではありませんか。
それはきっと暖かいよ。
暖かい対談にしたいと思います。

【クラス内容】

2020年秋。「前より呼吸が浅くなったみたい」と感じている方も多いのではないでしょうか。マスクの着用が生活のスタンダードになるのは人類史上初めてのことですから無理もありません。


 からだ本来の呼吸のキャパシティーを維持するために、毎日10分間ヨーガの呼吸を実践しませんか?このプログラムでは、寺崎 Sita 由美子のガイドで呼吸法を学び、実際に体験していただきます。


 呼吸でリラックスしたところで友永乾史先生をお招きし、ヨーガ談義を繰り広げます。今回のコロナに限らず、人間生きていれば色々なことがある。でも、そのすべてがヨーガの道だとしたらなんて素晴らしいことでしょう。インドでのエピソードや、指導にかける思い、体の話に心の話etc...。令和の時代を生きる団塊ジュニアのリアルなヨーガを、楽しいトークにのせて深掘りしてみたいと思います。


時間の関係上すべてのご質問に回答できるとは限りませんが、二人に聞いてみたいことなどございましたら、件名を「生きるヨーガ質問」として、sivanandakendram@gmail.com 迄メールにてお寄せ下さい。


オンライン開催【 Find yourself 特別WS:寺崎sita由美子&友永乾史先生】

「”息のヨーガ”と“生きるヨーガ” ~呼吸の実践とヨーガ対談」

日時:10月18日(日) 10:00-11:30 (終了後の録画視聴も可能)

参加費: 2500円

ナビゲーター: 寺崎 Sita 由美子

スペシャルゲスト: 友永乾史(友永ヨーガ学院副院長)

お申込みはコチラ



寺崎sita由美子

友永淳子先生の教室での三年間のハタヨーガの実践を経て、2005 NYにてSivananda Yoga Vedanta Center  TTCを修了。以後東京を拠点に指導にあたっている。2008 ATTC(インド)終了後は、日本各地、インド・タイ・スリランカ・UAEなどのヨガ教室やアーユルヴェーダ施設などでローカル向けの指導も行っている。2010年からは、インドSivananda Yoga Vidya Peethamの設立に伴い、Swami Govindananda Saraswatiの助手として現地運営に携わっている。アーシュラムではローカル向けのクラスの他、指導者養成他の国際コースの指導にもあたる。2016年にキールタンを集めたCDSita」をリリース。RYT500修了。指導項目はハタヨーガ、ラージャヨーガ、ヴェーダーンタ、サンスクリット初歩、キールタン、瞑想など。

友永乾史(友永ヨーガ学院) Tomonaga Kenji
1973年、後にヨーガ指導者となる、友永淳子の長男として生まれ、シバナンダアシュラムのスワミ達が滞在する家に育つ。30歳を前にヨーガをはじめ、依存症回復施設をはじめに、企業や大学、イベントなど、さまざまな場所でレッスンを行い、スワミ達の来日時等には通訳を務める。古典的、正統的ヨーガ、日本におけるヨーガ、現代におけるヨーガを考え、学び、伝え、広める。友永ヨーガ学院副院長、東邦大学非常勤講師。



【必要なもの:チケット購入前にご確認ください】
・ZOOMというビデオ電話サービスを利用しての開催になります。
事前に当日利用するスマートフォン、ipad、pc等のデバイスにダウンロードをお願いします。

<PCの方>
https://zoom.us/download
<スマートフォン、Ipadの方>
ZOOMのアプリをダウンロードしてください。



【参加方法】
ZOOMを使用デバイスにダウンロード後、開催日前日の夜、メールでご連絡するURLアドレス、
またはZOOMアプリにミーティングID、パスワードを入力して参加してください。
★開始10分前にはログインしていていただくと、スムーズです。
★音はミュートでお願いします。


【注意事項】
・お客様都合によるチケット代金の返金はお受けしかねます。
・チケットを購入せずにリンクにアクセス、またはシェアされた方は、今後クラスへの参加をお断わりすることがあります。

2020年10月6日火曜日

超久々☆みんなのQとシータのA「頭で立つポーズ」

 みなさま、ごきげんよう!

「これでもか」という暑さも去って、まだまだ寒くもなく、窓を開ければ金木犀の香り。ただのいつもの空気なのにね、香水みたい。

ああ、体に優しい、気持ちいい。

なーんてね。実は夏も同じようなこと考えてたけど。

少し遅れてついてくるワンピースの裾がねえ、
足に纏わりつくリズムが気持ちいいんだわ。
汗のぺたぺたですら気持ちいい~!

・・・ってな具合。

ま、どんな季節だって、気持ちいいってことだ。最高だ。

お気に入りの衣を纏って、ふらり路地に踊り出ようではありませんか。


マイペースに拍車がかかったシータマンです。
8年ぶりくらいにインスタグラムにログインしてみたら出来た。
消えないもんだ、アカウント。

こっちも何年振りだ、「みんなのQとシータのA」行ってみよーっ!

神奈川県にお住まいのYさんからのお便り。

質問:「他のポーズより、シールシャアサナをしたら心臓のあたりがスッキリするのは、なぜだろうと思います。先生の見解を聞かせてもらえると嬉しいです。」

さすがYさん。お目が高い!

机上の空論ではなくてね、こうやって、自分の身体で理解していくってことですよ。このような疑問を聞かせてもらえると、シータマンも嬉しいです。

ということで今日はヘッドスタンドのお話しです。

ここで10年以上前に行った、逆転系のポーズのワークショップの時に使ったイラストを見ていただきましょう。この紙芝居、今も私のもとで出番を待っとります(笑)。



ここに血圧が「上120-下100」の人がいます。
血圧ってのは、だいたい心臓のあたりの数値ですね。

イラストの右側を見ていただきたい。

頭の足の横にもそれぞれ数が書いてありますね。
この通りの数値になりますってことではなくて、アベレージっていうか、大体こんな感じよっていう例えです。

血圧、頭の方が低く、地面に近い方が高くなってるの分かりますか?
なんで、こうなるんでしょう?

地球の重力のおかげで、血液が地球の中心に向かって引っ張られるので、立っている時は足の方に血が下がるわけですね。

でも、血液っていうのは、下がったままにして置けない。ちゃんと全身を循環させないと。

底に溜まろうとする血液を汲み上げているのが、心臓というポンプです。

だいたい、体の四分の三くらいは心臓より下に位置してますからね。

重力に反して汲み上げるんですから、ポンプの圧力が高くしないとね、昇ってきませんよ、血液。

心臓なんて、いや、ほんと大変ですよ。24時間365日、生まれてから死ぬまで働きづくめ。

たまには心臓の負担を軽くしてあげたい。どうすればいいか。

じゃんっ!


逆さにしてあげればいいんです。


直立時に心臓より下にある部分を、心臓より高いと位置に持ってくれば、血液は重力の助けを借りて、勝手に心臓に戻ってきます。

その間、心臓は休めるのよね。

同じように右半分の数値を見て下さいね。

足の横の血圧が低いということは、重力がポンプを助けているってことに他なりません。


Yさんのおっしゃるように、心臓がスッキリするわけです。

休まっちゃうもん。束の間の休息ですよ。

きっと心臓は、Yさんに感謝してると思いますよ~。


ここで、気をつけなくてはいけないのが、頭。

逆さまになることによって、自動的に頭部にかかる圧は高まります。

このイラストの人は、まあ平均的な血圧の人だから問題ないけれど、もともと血圧の高い人だったら?

頭の血管にかかる圧力は相当の物になりますよ。

緑内障など、眼圧の高い人も要注意です。


先生達に置かれましては、この点をきちんと生徒さんに確認して下さいね。

ということで、超お久しぶりの、Q&Aコーナーでしたー!

質問はいつでもウェルカム。お待ちしています!


ではでは、シャツの裾翻して、金木犀の空気を吸いに行ってね!


ばいちゃ!