2021年10月10日日曜日

10月24日(日)晴れたら!久しぶりに青空ヨーガ in 青梅。

18時間くらい前、ホヤホヤの筆者近影

ネット上にあまり顔を出さないどころか、あいつは一体何処で何をやっているんだ?

と・・・ますます謎を深める写真で失礼します。日本にいます。


いや~、引き籠った。とても引き籠った。

暖かい日が続いていますね。

気持ちはまだまだ引き籠っていますが、本格的に寒くなる前に久々に行っておきたいな、

あの場所に・・・。


・・・と、思っていたらタイミング良くリクエストをいただいたので、寒くなる前に行っときましょう。

ガンガー上流気分を味わう、あのクラスです。

といっても通常クラスのオフ会的な気軽な回ですので、たまに自然に触れたい方は青梅へ。

アーサナクラスをして現地解散ですが、お弁当をお持ちの方は、外で一緒にご飯しましょう。

その後は、電車移動で多摩川沿いを散策(からの甘酒)も良し、気候条件と気分が揃ったら10kmのハイキングコース(からの甘酒)も個人的には行きたい。

まあハイキングコースは今回でなくとも年内に一度は歩きたいと思ってます。ご同行希望の方は歩ける靴でいらして下さい。

なぜ甘酒、甘酒言っているかというと、初回、アフターヨーガの散策で皆さんと飲んだ甘酒が衝撃的に美味だったため、次の開催のリクエストが速攻で入ったという・・・。

甘酒ついでにヨーガ・・・アリだわ。

「なんじゃこりゃ、うまっ!」と久々に私の目から鱗が落ちましたからね。


雨天延期になりますが、紅葉が散る前に、一回行きたい。

ということで、とりあえずの予定は10月24日です。晴れて下さい!

 

【概要】

日時:10月24日(日)9:30am JR青梅駅改札口に集合、昼前に現地解散

持ち物:ヨガマット、マットの下に敷くレジャーシート、必要に応じて防寒、虫よけ、日焼け対策

参加費:毎週のサークルクラス同様に自由料金 (・・・と言われても・・・という方は、ヨガスタジオのレッスンに行ったつもりでご自身で設定してください)

最少催行人数:3名(上限6~8名)

※ご予約が必要です→ sivanandakendram@gmail.comまでメール、またはMessengerでご連絡下さい。

 

【当日の流れ】

・集合場所から現地まで20分程度のウォーキングからヨーガ

※歩きやすい靴、アーサナの出来る服装でいらして下さい。

2021年7月12日月曜日

その窓の話。ヨーガとか瞑想とか聖典とか。

長い雨降りの合間、昨日は毎年恒例の横須賀のクラスにお呼ばれしてきました。


毎年お伺いしているにも関わらず、会場がこんなに駅近で海近であることを認識していなかったのは、なんという節穴なお目目。

港に臨むモールのフードコートがまた綺麗に作られており、

「いいんですか?素うどん一杯で、この景色?」って感じ。


昨日の座学のテーマは瞑想だったんだけど、こちら側~私の個人的To Do List~の視点からいうと

「言葉の指し示す意味と目的をハッキリさせるため の”くさび”を打つ、という草の根運動」の一歩でした。

瞑想っていう言葉がマーケットで独り歩きしている時代に、言語化して頭の中をキチンと整理する。人に対して、それから自分に対しても。

まあ相手が子供さんだったら、方法はまた違ってくるのですけどね。



最近では、友人や生徒さんのなかで道場に通う人も多く、ドラマや映画の世界でもフツーに出てくるようになった「瞑想」という言葉。日常会話の中でもチョイチョイ出てくる。

その中でモヤモヤすることも多くて、しかし、単なる世間話の中で議論する気もないので、口をつぐんでいる。これは「ヨーガ」や「聖典」などの言葉もそう。雑誌の対談とかに引っ張り出されたりすると、こちらの意図と正反対の言葉に置き換わっていたりするから、もう恐ろしいので近づきたくない。


モヤモヤの正体。


「瞑想」をする、「ヨガ」をする、「聖典」を勉強する、というように、これらの「目的語」は、ちまたでは純粋に「行いの対象」と認識されている。


・・・私はとても美しい風景を見つけた。他の人にも見せてあげたい。
その人をこっちに連れて来て、

「ねえ、見て、キレイなの! ほら、あそこ!」

と窓の方を指さすのです。


すると、その人は

「ほんとだ!素晴らしい意匠の立派な窓枠だねえ!」

・・・!

「窓の話してねーよ!向こう景色だよ!」

と心の中でズッコケ・・・

みたいな話。


野球はするし、映画は見るし、ご飯は食べるし、小説は読む。

でも瞑想をする、ヨーガをする、理論や聖典を学ぶ、というのは、そういう一般的と視点の異なる、特殊な対象物なんですよ。

それらは、それ自体を「する」とか「学ぶ」ために存在するのではない。

窓枠を見ようとしていたら、窓の向こうの景色は見えないんですよ。


「それらを通して自分を知ろう」という姿勢と目的が定まっていなければ、それらを使いこなせず無意味なものにしてしまうし、余計に人間をこじらせる。


ヨーガも聖典も瞑想も、自分自身を見るための窓。


単なる知的欲求を満たすことでも、読んだ本リストを増やすことでも、RYT200だの500だのを修得することでもない。


それは、それぞれが自分自身の人生を愛して生きることなんだよ。


私が普段、生徒の皆さんと親しくやりとりしたり、年に一度はタイで(ここ数年は高知でも)みんなと寝食を共にして、瞑想や体操や講話の合間に、一緒に笑ったり、美しい自然を体験をしたり、語り合ったりする機会を設けているのは、

「ねえ、見て!ほら、キレイだよ!」

っと言うために、心を開き合って窓辺に並んで立とうとしてるの。

「違う違う、窓枠じゃなくって、あなたのキレイは、ほら、その向こうだってば!」

ほら、見える?私の窓枠も、あなたの窓枠も、まあまあオンボロだけど、ほら、窓の向こうの太陽は、隔てなくキレイだね!私も生きているね、あなたも生きてるね!キレイだね!

・・・・と。

皆さんが学ぶのは窓枠の方じゃなくて、その向こうですよ、という話でした。


今週末の草の根運動は、たつの&京都です。地道にくさび打ってきます。
まだ空きがあるかもです。詳しくはお問合せを!



2021年6月17日木曜日

7月19日(月)京都シータマサンガ ★ キールタンとお話しの会

じゃーん。
見ておくんなまし、うちの新入り。


 ここ数年、夏は四万十のクニさんとこでリトリートをさせて貰っているんだけど、講義とかレクチャーなどのアクティビティのトピックは生徒さんのリクエストに出来るだけお応えするようにしています。

で、「キールタン」のリクエストが来ることを見越して、今年は小さなアコーディオンを入手した。というのも、他の荷物があるので、重いハーモニウムを持ち歩けないのです。私の楽器は大きい方は10Kgあるし、ポータブルのは7Kgなのです。

しかし、この可愛い子ちゃん、なんとたったの3Kg。

安物といえど造りもちゃんとしているんですよ。音がデカい→自分の声が聞こえない。

これは、なんとかしてミュートしましょう。

それに子供だから肺が小さくて、息を継がせるタイミングにテクが要るようだ。

まあ、隣人の留守を見計らって研究あるのみだな。


せっかくこの子を携行するので、7月19日に伏見でキールタン(マスクでよろしく💖)集会を開こうと思います。

場所は、リョウちゃんという素敵マンのコーヒー屋さん、向島のリタ coffeeです。

リョウちゃんとのファーストコンタクトは、彼の焙煎したコーヒー豆でした。感想は「なんだっ!この優しい味は!」でした。

そのあと連れて行っていただいた甲山の神呪寺で、ご本人に直接お会いすることが出来ました。メディスンドラム造りでもお世話になりましたね~。

そんなリョウちゃんの拠点が京都の伏見にあるという。ずっと訪れてみたかったんですよね。そしてついにそのチャンスが来ました。訪問ついでに皆も連れて行っちゃえってことシータマサンガを執り行います。

日時:7月19日(月)14:00-16:00

会場:リタ coffee (京都市伏見区向島中島町112-6)

参加費:1000円 + ドリンク or フードオーダーお願いします。

定員:6名(残4席)

お申込:sivanandakendram@gmail.com


早めに行ってランチという手もアリだよね。宇治近辺の方、是非ご一緒しましょう。妊婦さん、赤ちゃん連れウェルカムです。


リョウちゃんのコーヒーの独特な優しさは、丁寧な洗いと生豆の選別にあるようです。この段階で余剰なカフェインなどは落とされてしまうらしい。でも、最終的にリョウちゃんの人柄なんだろうな。癒しの味。是非お近くの方は足を運んでみて下さい。遠くの方は、発送もしてくれる筈。

ちなみにアコーディオンと私は、その後、四万十に向かいます。

リトリートは、週末プランを作りました2名様追加募集してます。

ピンときたらご連絡下さいね。





2021年6月7日月曜日

甘やかな六月の憂鬱




ここのところ、どうも気分が乗らなかった。

うまく説明出来ないんだけど、曇天にふさわしいメランコリーが、体の中のどこかで芽吹いていた。

こういう気配の時どうなるかというと、私の場合は引き籠りたくなる。

丸っきり一人の世界というんですか、精神的に。

いまやコミュニケーションのほぼ全ては回線を通してという時代だから、つまりネットに繋がるのが嫌になってしまうのである。

「することリスト」に書かれている事の多くが、その先でネットに繋がっているので、「その先」とやらを思うと、目先の作業すら気が重い。

そのくせ真面目な小心者だから、サボって小説など読んでると、心のごこかに後ろめたが湧いてきて落ち着かない。

よろしくない。もっとふてぶてしくならないとな。

気圧の変化とか、ホルモンの変化とか、環境の変化とか、そういう外的要因も無関係ではないと思う。

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3月末、昔お世話になった人が亡くなったらしい。

こんな時代で集まれないからか、情報も乏しく、故に実感に乏しく、ふわ~んと暮らしていたが、昨日の夢にその人が出てきた。夢の中でも既に亡くなっていた。

4月に知らせを受け、

「〇〇のこと聞いてる?」
「まさか?亡くなったの?」
「そういう話なんだけど情報が無くて。何か分かったら教えて。」

・・・というところから宙ぶらりんになっていたので、飛び起きてネット検索してみた。夢の中の死因とは違ったけど、ようやく情報がネットの世界に降りてきていた。

私の心の引き籠りも、何故かここで一旦終了。

そしたら、ようやく色んなことが思い出されるようになった。

故人に対して、当時「ほんとしょ~もね~な~」と思うこともあったが、それは、その人のほんの一部であって、その人のお陰で色んな経験をさせて貰えたし、そうやって私たち若いモンに世界を見せてくれようとした、その兄貴心はやっぱりありがたかった。生命にきちんと備わっている後続の者への愛情。

その人だけじゃなく、沢山のお兄さんお姉さん達に注いでもらったその愛情の中に、私は育まれたんだな。

お別れするのは、やっぱり少し寂しいけれど、この年になると少しずつ慣れてきて・・・人の体はちゃんと死ぬんだ、ということを人生の中で教わってきて、訃報に天変地異のような衝撃を受けなくなった。

そのかわりに、なんともいえぬ甘い回想がある。

それは先輩たちが注いでくれた愛情の甘さなんだと思う。

その甘さが、時代の中に途切れないように、また誰かに分けて行こう。

それが故人から渡されたバトンかな、と思います。



















2021年6月6日日曜日

「ヨーガスートラ」7月からのウパーサナサンガ



私にこの書を教えて下さったのはSwami Haribrahmendrananda Tirta 先生で、2019年のお正月のことでした。

アーシュラム仕事の自分の役割もあるので、例によってかなりの身体的負担ではあったのですが、Swami Gが私の仕事を減免してくれたので、ヨーガスートラの生徒向けのアーサナだけ教え、あとは事務仕事をこなしながら、授業に出させて貰っていました。本当に感謝しています。

日本語で出版されている本もあるけど、一葉に判然としない内容だったので、この機会に恵まれたことは本当に有難かった。そもそも読んだからとて解るような書物では無いのですが・・・。


さて、Haribrahmentrananda スワミジは、最初のクラスで、とても意味深い役立つこの教典について、「学んで、またそれを求めるあなたの生徒に伝えて下さい」と仰いました。

「ハイ」と頷いたからには、私は、いつかそれを実行に移そうと思っていたのです。

しかし「学んで」というのはつまり「理解して」ということ。かなりハードルが高い。


更に、こうも仰った。

「私の本懐はアドヴァイタ(一元論、ヴェーダーンタ)です。この教典はドヴァイタ(二元論)の視点において説かれる物で、私にとって副次的な位置にありますが、あなた達に役に立つものとして解説します。」

「ただし、アドヴァイタとドヴァイタをごっちゃにしては、意味を成さず、混乱するだけです。その区別をしっかりつけた言葉でお話ししますので、皆さんも頭を切り替えて下さい。

(↑ いや、だから、それがいちばん難しいよね・・・シーター心の句)

そんなわけで、私自身が覚悟を決めるのに時間を費やしたと同時に、ご希望下さっていた生徒の皆さんには、この一年をかけて、頭の中の整頓作業に勤しんで頂いたわけです。


ということで、ようやく意を決して、7月からのウパーサナサンガのトピックは「ヨーガスートラ」となります。「読む」というより、逐一解説しながら進めていきます。週一回なので、期間は半年以上見て下さい。


もちろん7月からの新たに参加希望の方も、ご相談下さい。


「ヨーガスートラ」はヴェーダのメインストリームに位置する文献ではありません。そのトピックは人生のゴールや、存在の根源の追求ではなく、社会に生きる人としての生き方を説くものでも無い。

また、皆さんが知っている「ヨーガ」の話でもありません。

極めて狭い範囲に焦点を当てた、副次的な専門書になります。

いわば、「思い巡らし考える機能」=「思考」の解体新書。

それを解明するのに使える道具は、当の「思考」だけ。しかも、それがまた落ち着かない道具でやっかいなんですよ。

そこでパタンジャリ先生が、ガイドしてくれているのです。


この本は、静寂かつ統合された精神の醸成を目指す、瞑想者のためのマニュアルブックです。

正直簡単ではありません・・・というか、むしろ難解。

なので多分、根性が要ります。

アーサナクラスで使える「ネタ」にもならないと思います。


しかし・・・

自分自身の修練実践の指南にはなる。


さて、静寂な精神をもって何をするかは、

おわかりですよね?



ちなみに、写真は上野、不忍池の弁天堂の宇賀神さま。


ウパーサナサンガ「ヨーガスートラ」(月4回)

①木曜クラス:毎週木曜 8:30-10:00am(調整中)

②土曜クラス:毎週土曜 8:00-9:30am(調整中)

会場:オンライン(ZOOMを使います)

月謝:8000円(開催の為のネット回線とZOOMpro契約の維持費となります。)

お申込・お問合せ sivanandakendram@gmail.com またはSNSでご連絡下さい。




2021年5月27日木曜日

久しぶりに娯楽の話でも。最近見た映画その1。

コロナで生活が変わってから、なんだかまたブログをあまり書かなくなった。

話したいことは沢山あるんだけど、なんでだろ。

実際、頭の中では、ぐるぐると、そりゃいろんな言葉の世界が繰り広げられるてるんだけど、一人の時間が沢山あるから、文字になる前に自己完結してしまっているのかも知れない。

今日はスッキリしてしまう前に奮って書こうと決めた。


さて、コロナで一人でも楽しく生きているけど、やはり心のどこかで自粛ムード(?)っていうのかな、社会全体を覆っている「楽しそうにしているのが 憚られる」という風潮にのまれている感じがある。

震災後とかもちょっとあったし、昭和天皇の崩御のときはまさにそうでした。

第二次世界大戦中の日本も、こんな感じだったのだだろうか?


まあ、そんなこんなで、いつの間にか無味乾燥な心になっていたらしい・・・ということに気づいたのは、せっかく会費を払っているんだからアマゾンプライムで映画でも見るかってことで、最近見たからでございます。


「おおっ!私の情緒、乾燥してたかっ!」・・・・て。


自分では、毎日やりたい勉強もして、アーサナもして、気に入りのインコのYoutubeも観て完璧だと思っていたんだけどね。


情緒ね~。抜かってたわ。


ということで、私の好きだった映画を紹介しようと思います。


「ブランカとギター弾き」。



何の前情報も無しに選んだ作品なんですが、これが良かった。

舞台はフィリピンのスラム。親無し家無しの少女ブランカと、盲目のホームレスギタリストのお話です。

「子供」という生き物の、真っすぐで切ない心の中を見事に描いています。人に伝える表現力や、生きるため知恵が発展途上である子供故に、様々な場所で損を被っている主人公を見ていてハラハラしました。

「将来の為にこの選択は間違いじゃないの?」と言われそうなラストシーンは、子供にとって一番に必要なのは、経済的安定なんかではなく愛情である、という重要な事実を思い出させてくれます。

映画を見終わるまで全然気づかなかったけど、監督はなんと日本人の長谷井宏紀さんという方でした。

物語はフィクションですが、主人公以外の主要キャストは、本当にストリートで暮らす人達で、路上でスカウトしたそうです。

この映画がどうやって出来たかは、コチラの記事で読むことが出来ます。


久しぶりにシンプルで良い映画に出会ったな。

見終えた後に、あ、私の心、けっこう乾いていた、と気づける映画。

良かったらみんなも観てみて。


ブランカが物質的な安全確保よりも愛情を求めたように、映画を始めとする芸術表現は「不要」では無いんじゃないかな。

「愛」とか「本質」の、追求表現なんだと思う。

これを不要と定義するならば、人類は人類でなくなる。

「家畜には芸術や娯楽は必要ない、だまって管理されていなさい」という理由で不要不急のカテゴライズしているのならば、それはお偉方さん、大きな間違いだよ。逆に気の毒な人達だ。


不要不急ではないモノの頂点、愛。

自分と非自分の違いが無いこと。

「愛」という言葉の追求については、またちゃんとしないといけないんですけどね。


次回は、また別の映画の感想文書きますねー。









2021年5月25日火曜日

6月12日(土)「土曜の午後のキールタン」シーター友永先生にご恩返し!


自然界のバランスというのは持ちつ持たれつで、人間の社会もやっぱりギブアンドテイクで成り立っている。

職人になりたい人が師匠について教わったり、学びたいことがあって先生から教わったりの場合も同様で、インドでも昔から、何かを受け取るときに、対価として何かを差し出す慣わしがあります。

よく知られるのは①貨幣の奉納。現代では一番シンプルで分かり易いかもしれないですね。

それから②必要とされる労働の奉納。私はインドでコレでした。それまで私のモノだと思っていたプライベートタイムが、完全に私のモノじゃなくなるというのは、なかなか衝撃的な体験でしたが、慣れました。

①はそのお金を稼ぐ過程そのもの、②では労働そのものが、知識の定着のための布石になっている筈です。どちらも嫌な仕事もあるし、理不尽な要求と思われることに黙って対応したりして大変なのですが、その大変さが精神的成熟度を高めてくれるのは間違いない。

そしてもうひとつ、③自分の持っている知識を奉納するというパターン。「お琴の先生に、生け花の知識を差し出すことでお琴を学ぶ」みたいなことです。

20年前、私は友永淳子先生の教室を訪ねて以来三年間、毎週金曜日に通っていました。先生のお言葉や立ち居振る舞いに、私は、なにか心髄みたいなものを垣間見て、追及心を高めました。先生は、私の道の初めに無くてはならない存在だったと思います。

ちなみにその前は、教室から100Mくらい離れたスポーツクラブで習っていたけど、混んでいるので続かなかったのよね。(ちなみにその時の先生にも一言お礼を申し上げたい願っている。名前も知らないけど、髪の長い綺麗な先生で、総武線の車内で一度お見掛けしました。お心当たりあったら教えて下さい。)

話を戻して・・・

お世話になった先生達に恩返しをするには、教わったことを次の世代に伝えていくことが一番な訳ですが、自分が歳をとり、先生達もお歳を重ねるなかで、気持ちを先生達の前で表現したいなあ・・・と思っていました。

そんな時に突然③の機会を頂いてしまった・・・。

「友永淳子院長先生にキールタンを教えて下さいませんか?」

ええーーっ!恐れ多くて昇天!

と言っている場合ではなく

「やらせていただきます!やらせて下さい!」

と即答しました。

だって、こんな機会はもう二度とないかも知れない。躊躇している間にチャンスの女神は走り去るに違いないのです。つかめ、女神の前髪。

なので、皆さんも、どうぞどうぞこの稀有なイベントをお見逃しなく。

開催はオンラインです。お夕食の準備の前に是非。リアルタイムが難しい方は、録画で受講も可能です!

クラスでは「キールタンて何?」「インドの神様とは?」などのお話も併せつつ、実際に声に出して歌ってみましょう。お部屋で一人で、或いはご家族と。人目を気にせず皆さんの思いの丈を表現して下さい。院長先生が皆さんのお供をして下さいます。ご唱和下さいね!

【土曜の午後のキールタン(オンライン)】

日時:6月12日(土)16:30~17:30(録画での受講も可能)
参加費:1000円
主催:友永ヨーガ学院
詳細&お申込フォームはコチラ
※当講座はキールタンのオンラインレッスンです。Sitaのリードで友永淳子先生にご唱和下さい。