2013年6月16日日曜日

今年も女の子

らしいことをしてみた。



・・・というのはですね〜、あれ?事務職員だったけか?というくらい事務的な雑事というのは多いもので、一日パソコンの前に座っていることもしばしばな私。

不思議だよ〜。私は結構良い姿勢で座っているけど、ノートパソコンに向かっていると、首が真っすぐになってくる。いわゆるストレートネックってやつですよ。私のようなノマドはデスクトップパソコンというのを買えないんですな〜。いつか落ち着いたら買ってみたいものだ、デスクトップ。

話を戻して、首だけじゃなくて、目だってと〜っても疲れる。もうパソコン嫌!ってことで衝動的に鉱物と戯れたくなり、昨年から持ち越していたクリスタルのアイピロー作りに一日没頭しました。


スタンバイしてた石を全て使って18個作ってしまった!ついでに、絹の古布製の自分のが裂けていたので修理。わーい。


散らばったホコリや糸くずを掃除し、一息ついたところで携帯を見ると京都のタマ様からメッセージが入っており、大阪のゆみちゃんがアイピローを欲しいとの由。

なんですって〜!ゆみちゃん、あなたは凄い。今出来たんですってば〜!

ゆみちゃんから念力が私にアイピローを作らせたのね、きっと。

ご入用の方には、7月13日の東京のイベントでお譲りしようかと思っていたのだけど、イベントには来れないけどどうしても欲しい!という方は、右欄の連絡先にご一報下さい。キープしてクラスやワークショップの際にお渡ししますので。

ご連絡下さる際に、

1、石の種類(クリスタルかローズクオーツ)
2、カバーのデザイン(紺×柄か、水色×柄か、グレー×無地)

をお知らせ下さいね。あと、メールアドレスのセキュリティ設定を、こちらからの返信が届くようにしておいて下さい。

お値段は昨年と同じ2500円です。

ローズクオーツ、クリスタルそれぞれ9個ずつ。
紺 ×5、水色 ×5、グレー ×8ずつの限定になります。


カバーデザインとか作られ方とかは、こちらの記事を見てね。→ 過去の記事

2013年6月15日土曜日

マートゥルパンチャカム

帰国後いろいろ頑張り過ぎたか、疲れが出て、昨日は一日、ぐったりしていました。

うーん。生活のペースを掴むのって難しいですね。


さて、最近クラスでシャンカラさんのお話をしたので、アディ・シャンカラ先生について興味津々な皆様へ。


父の日なのに、なぜか母への詩をおひとつ。

シャンカラーチャーリヤが母の死の床に駆けつけた折に送った詩、マートゥルパンチャカムです。この話をスワミT(Swami Tattvarupananda )が聞かせてくれたときに、その熱い語り口にジーンときちゃいまして、その後ブッダガヤのゲストハウスのベッドの上で、熱にうなされながらこれを訳していたんですな。

熱があるなら寝てろって話なんだけど、何日も具合悪くてどこにも行けず、暇だったんだのよさー。多少意訳してますので原文と語順や行の順が逆転している部分が多々有る筈ですが、あしからず。



お母さんへの五つの詩編

私を産んでくれたとき、歯を食いしばってお産の苦しみに耐えてくれました。
一年もの間、私の汚す寝床で一緒に眠ってくれました。
痛ましく身体を細らせて、9ヶ月の間、私をお腹に宿してくれた
愛しいお母さん。
たとえ私が、どんなに立派な人間になったとしても
あなたの払った全ての忍耐に、何をもってもお返しのしようがありません。

グルの家にて、オレンジ色の衣に身を包み、出家を急ぐ私を
あなたはその理想と涙を押し殺し、毅然として受け止めて
抱きしめて下さいましたね。
グルも他の生徒達もみな、あなたと共に涙していました。
あなたの足元にこの身を投げ出し額ずく他に
私には出来ることがありません。

お産の痛みの中で泣き叫ぶお母さん
「おかあさん!おとうさん!おおシヴァよ、クリシュナよ!
おおゴーヴィンダ、ハリ、ムクンダよ!」
その痛みの代償に、私はただ頭を下げることしか出来ないのです。

あなたの死の床に遅れて参上した私は
あなたの死に水を取ることも出来ず
あなたの死の旅支度も供養することも出来ず、
あなたの耳にラーマの名を唱えることすら出来ませんでした。
おお、聖なる母よ、これらの私の失態の数々を
どうぞあなたのお慈悲によってお許し下さい。

「ぼうや、長生きするんだよ。
私の真珠、私の宝石、私の可愛い二つのお目めちゃん。
私の愛しい素敵な王子様!」
幼い日、あなたはそう歌ってくれましたね。
しかし私はそのお返しに、ほんの少しの干し飯しか
あなたに差し上げることが出来ないのです。



シャンカラは子供に恵まれなかった夫婦がやっと授かった一人っ子で、しかも早くして父を亡くしてしまい、母子家庭だったんですね。さぞお母さんに大事にされていたことか。それでもって幼少期に出家してグルの門下に入ってしまうのですが、お母さんのこと、大、大、大好きだったんだと思うんです。

どんな偉大な聖者にとっても母は偉大なり。

父も偉大なりです。

2013年6月13日木曜日

三馬鹿トリオ

さてさて、私が何の映画を観て来たか?



当たった人はいたかしら?邦題は「きっとうまくいく」。3、4年前くらいにインドでヒットしたヒンディムービーですが、何故か我が国ニッポンで大ヒット中。そもそも映画館のサイトでチェックしていたら終演間近だったので慌てて観に行くことにしたのですが、当日もう一度チェックしたら公演期間が延びてました。

なので、是非観て頂きたい映画です。これから未来に生きて行く若者と、それから若者を育て見守る立場の壮年以上の人と、あるいは子供を持つ親御さんと、みんなに観て欲しいですね。

舞台は現代の大学。近年ものすごい経済成長を見せ、すっかり競争社会化したインドでプレッシャーを受ける若者達が主人公。目的を履き違えた教育を施す教師や親、社会との戦いがテーマになってます。だから日本でもすごく意味のある映画になったのかも。

「唐突に現れる『西武警察』ばりの爆破シーン」とかもないし、ダンスの時にスイスとかに移動しちゃわないので理解しやすいし、本当に泣けるのよ、笑えるのよ。ドゥパタの裾で涙を拭わずにいられない。相変わらずインド映画は優秀ですな。

諸々の感想。

カリーナ・カプールが医者のインターンの設定で出てくるけど、大御所カリーナ、この貫禄で女学生とは!(後で調べたら32歳だそうだから有りっちゃ有りだね。)

逆に、そのカリーナの相手ランチョー役のアミール・カーンがなんと48歳だったことが分かっちゃってビックリ。大学生を好演。本当にいい男っぷり。

ラージュ役のシャルマン・ジョシは友達のヨゲーシュに似ている。ヨゲーシュの方がもうちょっとイケメン。だけどヨゲーシュは無駄に声が高い(インド人あるある)。あの高い声で「し〜た〜!」

邦題はランチョーのお守りにしている言葉「all is well」から取っているのだけど、「きっとうまくいく」でいいのかなあ、と、思ったりもした。勇気を奮い立たせるとこに呟く台詞で、「きっと大丈夫」のほうがニュアンス的に近い気もするんだけど、インドに立ち返って考えると「うまくいく」とか「大丈夫」とかじゃなくて、もっと深い高いインド人的感覚がある気がする。これを説明すると長〜くなるのでやめる。


それから、


「舞台が現代である」のと「私がインドに居過ぎ」なせいとだと思うんだけど、自分がこっちの世界にいることが、ものすごく不思議に感じた。あの町、あの言語、あの気配。

あれ、あっち(インド)に私は存在しているんじゃないの?
あれ、じゃあ、今ここにいるこの私はいったい何?
あの世界が今スクリーンの中にあるってことは、インドの存在は、夢?


とてもとても、不思議な気持ちなのでした。

youtube でフルで観れるけど、めったにないチャンスなので映画館観てみて!ただし、日本での上映にインターバルタイムはありません。ぶっ通しなのでトイレは先に行っておこう!

2013年6月11日火曜日

読書の梅雨



こんにちは。東京は雨です。いいね。恵みの雨。

駅に向かう25分の道のりの途中に、愛すべき変人の店主がやっている開いてたり開いてなかったりする古本屋があり、待ち合わせに急ぎつつも100円ワゴンの中から適当に選んで購入した本。白石一文。この作家を初めて読んだんだけど、当てずっぽうに掴み取った割に大ヒットだった。恋愛を題材にした中・長編が集められた本だが、恋愛というセットを通して、もう一つ多くにある大事なテーマを見ようとする、深い本でした。

あとがきから抜粋。

〜この五編を通して私が描きたかったのは、一言で言うならば、

 —目に見えないものの確かさ。

ということである。



ちょっと禅問答風に言わせてもらうと、この世界の完全性というものは、


 —目に見えるものの不確かさの中に目に見えないものの確かさが隠され、目に見えないものの不確かさによって、目に見えるものの確かさが保証される


ことで実に巧妙精緻に成立している、と最近の私は考えている。



いやはや、最近の私も、考えている。


 つまりは、この世界は私達が想像する以上におそらく完成され尽くしているのである。

 それは科学的にというのではなく、むしろし非科学的にそうなのである。
 ちなみに、先の一節の中の「目に見える」を「科学的な」に、「目に見えない」を「非科学的な」に置き換えてもう一度読んで貰えると、私の言っていることが少し分かりやすくなるかもしれない。(また「科学」を「物質」に換えてもいい)


やってみよう。


物質的なものの中に物質的でないものの確かさが隠され、物質的でないものの不確かさによって、物質的なものの確かさが保証される

 いまも戦争やテロ、犯罪、疫病、天災などによって大勢の無辜の人々(ことに子供たち)の過酷な死や不幸が絶え間なく繰り返されるこの世界に、我々はともすれば絶望感を抱きやすい。だが、それでも尚、世界は十分に完成されているのだと私は思う。つまりは、この悲喜劇的世界の悲惨さや救いようのなさは、それ事態に何らかの重大な意味が籠められているのである。
 無理を承知で、一度みなさんもこう思ってみて欲しい。

 — こんなにひどく見える世界ではあるが、それでも、ここは完璧な世界なのだ

と。
 そして、そうやってこの世界の完全性を認めたとき、我々の思考は大きな伸長の契機を得るのだと私は考える。
 世界の完全性を所与のものとして受け入れれば、それはいわば揺るぎない大地のようなもので、私たち一人一人はただその大地に立ちつくすのみである。足元の世界の成り立ちや存在理由、その全容などに関心を持つ意味も必要もなければ、そんな能力も余裕も実のところ私たちにはない。
 私たちは、大地を踏みしめて、私たちが本当に知らねばならないたった一つの問いに向かって、限られた短い人生の中でその答えを見いだすための旅に出発しなくてはならない。
 その唯一の問いとは、
 — 一体、この私は何ものなのだろうか?

 という問いである。

〜そして、人間にのみ与えられた「私とは何者なのだろうか?」というこの難問を解くためには、私たちは目に見えるものだけを追いかけていては駄目なのである。問いの答を導きだすには、どうしても目に見えない世界に「目」を向けなければならない。それは好むと好まざるとにかかわらず、絶対に不可欠なことなのだ、と私は思う。



このあとがき、名作でした〜。

生徒さん達へ伝えたい言葉を代弁してもらった感じ。別の作品も読んでみようと思います。古本専門だけど・・・。そうなるとやっぱブックオフだな・・・。

慌ただしい気持ちの抜けない日々だったんだけど、勇気をだして読書に時を費やして良かったな。なんかちょっと落ち着いた。明日はレディースデーだから映画にいっちゃいます。何の映画か予測がつく人、いるかな〜?

ふふふ・・・




お知らせ 『小さな勉強会 ウパーサナ・サンガ』(更新)

学びたい人のためのウパーサナサンガ、クラスの詳細が決まっています。
参加希望の方は sita.japan@gmail.comまでご連絡下さい。




【新しく始まるクラス】

★東京 Sivaクラス 月曜日 14時半から120分
 6月10日(月)14:30 〜16:30 スタート 
 内容:Tattvabodha
 場所:品川
 参加費:2000円

★東京Krsnaクラス 水曜日 19時から90分
 6月12日(水)スタート
 内容:Tattvabodha
 場所:東京
 参加費:1500円

★東京Daksinamurtiクラス 木曜日 18時半から90分
 6月13日(木)スタート
 内容:Raja yoga, Vedanta, Hathayoga 基礎知識
 場所:品川
 参加費:1500円
※6/13, 20のみ18:00から120分 サンスクリット文字集中講座。本編は27日から。

★東海Ramaクラス全5日間
 8月24日(土)スタート
 場所:静岡県藤枝市
 内容:Raja yoga, Vedanta, Hathayoga 基礎知識
 参加費:未定


【すでに始まっているクラス】


★全6日間の大阪クラスがスタートしています。
 場所:大阪市から八尾市に変更
 途中参加ご希望の方はご相談下さい。
 (8月3 - 4日、9月21- 22日)





帰国するまで作業をため込んでいた為に、怒濤の勢いで更新中のこのブログ。私の職業は企画屋、あるいはグラフィックデザイナー、あるいはOLでは無いか、と思われる今日この頃です。一日中デスクの前なのよね。ツケを払うとはこういうことかって感じ。

この回は、ウパーサナ・サンガのお知らせです。

東京のカフェでひっそりと始まったこのサンガ。始めてみて、なんだか本当に良かったな、って思ってる。

というのはですね・・・

昨年、今年にかけて勝手に今、私のすべきだと思っているのは「教える」ことの他に「良き人のネットワークを作る」ことのような気がしてるんですね。「良い心」の草の根運動っていうのかな。もしかしたら「教えること」もその範疇に入っているのかも知れない。一人の力は小さくても、お互いに分け合い、助け合ったら、この世界に何か良いことをもたらせるのじゃないかなってさ。人を幸せにすることを趣味とする映画の中の「アメリ」みたい人のネットワークを作れるんじゃないかなあって。

だから、私が去ったあとも、皆さんが勉強をしたい意思のもとに自主的に集まったりしている現状を本当に嬉しく思います。「ふっふっふっ・・・してやったり(ニヤッ)!」って感じなんですな。私は単なるきっかけというか仲人みたいなものなのです。


以下の件、ご興味のあるかた!ご連絡下さいね。連絡先は右を参照、あるいはwebサイトからお願いします。






2013年6月10日月曜日

だれもしらないわたしの・・・




  • 普段やりとりをしていない、イタリアのラディカから突然メッセージがきた。こないだのATTCの生徒だ。英語の苦手な彼女が、英語の苦手な私に連絡しなきゃいけないくらい参ってるの?心配になる。取り越し苦労だといいのだけれど・・・。


    Namste Sita,
    How are you?
    I hope realy fine ....
    Sorry if I disturb you but I have some question.... i m in italy now .... And from whene i back i lose my a litle bit my spiritual path .... I want to back in the right way .... I d like to learn more... i don t feel so ready like a yoga teacher must be ..... Do you can sugets the best way for find that? Than you .... A lot 

    Radhika

    ナマステー、シーター。お元気ですか。すごく元気だといいんだけど・・・。もし邪魔になるようだったら申し訳ないんだけど、でも質問があるの。私はいまイタリアにいるのだけど、こっちに戻ってから、自分の精神修養の道を若干、見失ってる。正しい道に戻りたい、もっと学びたい。私は先生である準備が出来ていないんだよ、きっと。なにか、道を見つける最良の、お薦めの方法があったら教えて欲しいんだ。
    ありがとう。

    ラディカ



    Om Namah Sivaya! Dear!
    It's nice to hear from you. I'm still okay in Japan. Tokyo is so commercial city as you know. It's quite difficult to keep Sattvic living. I really understand what you mean.
    Mmmmm....
    First of all, please don't forget we all are together always, my sister. I'm with you. Swamiji is with you. All our friends with us. There is no limitation of time and space in our spiritual friendship.
    And I think helping some body who need our love will help us. Teaching for someone who wants to live rightly is will also become energy for us. I have some tiny study groups of Vedanta and yoga. Those are actual Satsang. And I have some project for this orphanage. http://www.banromsai.org/
    I hold a charity yoga camp for them.
    To tell the truth, I'm not so ideal yogini. I'm lazy person. And there are so much difficulty with my daily life in Japan. BUT, whenever I see my students, I can be brave. whenever I think about the children, I can be strong. They help me a lot. And you.
    I got courage to survive a day through your message. You are my "today's angel". I really thank you. We are helping each other.
    One more thing, you can read Swami Dayanandaji's practical teaching from this site.
    Don't worry. There are no "BAD" and "GOOD". Only happiness is there, you know. Enjoy your life and help your neighbor whenever you find a chance. Because, somebody need your help.
    See you around.
    Love
    Sita

    オーム ナマッシヴァーヤ、愛しい子!
    あなたからの連絡、とても嬉しいです。私は日本で今のところ大丈夫。東京はあなたも知っての通りとても商業的な都市で、清浄な生き方をするのが極めて難しいところ。だからあなたのいってること、よくわかります。
    うーん・・・・
    まず、はじめに、私達はみな、いつでも一緒だってことを忘れないで下さい。私はあなたと共に在る。スワミジもあなたと共に在る。私達の友達みんな、私達と共に在るってこと。精神的な友とのつながりには、時間や空間の制約などないのだから。

    それから、私達の愛を必要としている人のことを助けることは、逆にうんと私達の助けになると思う。それと、正しく生きたいと願う誰かに(ヨーガなり、ヴェーダーンタなり)教えることは、私達にとって大きなエネルギーになります。私は、小さな小さな、ヨーガとヴェーダーンタの勉強会を持っています。これこそが本当のサットサンガだよ。それと、私はこういった孤児院(バーンロムサイ)を手助けする企画をしています。チャリティーになるヨーガのリトリートをやってるんだ。
    正直いって、私は全く理想的な修行者なんかじゃない。単なる怠け者です。日本での私の暮らしは困難だらけ。でも、生徒の顔を見たらいつでも私は勇敢になれる。(孤児院の)子供達のことを思ったら強くなれる。私を強く支えてくれているのは彼らなんです。そしてあなたも。
    あなたのメッセージから、私は一日を生き抜く勇気を貰った。あなたは私の「今日の天使」。とても感謝しています。私達は互いに助け合っているってことです。

    それともう一つ。このサイトからSwami Dayanandaji の とても実用的な教えを読むことができますよ。

    心配しないで。そこには「良い」も「悪い」もない。ただ「幸せ」があるだけでしょ?あなたの人生を楽しんで下さい。そして、チャンスを見つけたらいつでも、隣の人を助けてあげてください。だって誰かがあなたの助けを必要としているから。

    またね。
    愛を込めて。

    シーター

    脳みその背景に、かかり続けている音楽がある。私はルイ・アームストロングの歌うコレが好きなのだけど、多分あの、でっかいガマ口の満面の笑い顔がこの歌詞を歌うからなんだよね。

    Nobody knows the trouble I've seen
    Nobody knows but Jesus !
    Nobody knows the trouble I've seen
    Glory hallelujah!

    Sometimes I'm up, sometimes I'm down
    Oh, yes, Lord
    Sometimes I'm almost to the ground
    Oh, yes, Lord



    だれも知らない私の苦しみ・・・
    神様だけが知ってくれている
    舞い上がる時もあれば、落ち込む時もある
    時には地に這うほどに・・・

    それでもまた歩いて行けるのは、やっぱり、ラディカのカタチをした何かに、子供のカタチをした何かに、生徒のカタチをした何かに、支えられているからなのだと思います。

    ラディカも私も支えられているし、ラディかも私も支えている。私達の小さな、目に見えないような行いが、本当は大きな宇宙の放つ数多の息の一つだと・・・。

2013年6月7日金曜日

ひとりごと



本屋で立ち読み&写メ。何かの雑誌で占星術特集だった。どなたかオネエっぽいアストロジャーの記事にも「おおーっ!」と思ったけど、やはり「夢」に関する石井ゆかりさんの記事がやっぱり美しかった〜。


 『天秤座の「夢」は、例えば、誰かとだれかを巡り会わせることです。
あるいは、あなたの心の中にある完全な美を、何とか現実の中に、実現することです。あなたには、ほとんど最初から、物事が「どのようにあるべきか」ということが、わかってしまっているのです。

 でも、その「あるべき姿」から、この世界はかけ離れています。だからこそ、あなたは無意識のうちにこの世界に手を伸ばし、物事があるべき姿になるように、置き換えようとしているのです。

 ほかの人が二つの選択肢の前で思い迷っている時、あなたにはもう一つ、あるいはもっと多くの選択肢が見えています。だからこそ、あなたは迷い悩むわけですが、その先には必ず、厳然とした「決定」があります。最大数の選択肢の中から、最前の選択肢を選びとること。これは天秤座の夢の主要な一部分を成していると思います。ほかの人の目から見ると、あなたの審美眼の鋭さはほとんど、理解不能な魔法のようです。

 おそらく、12星座の描く夢の中であなたの描く夢が、もっとも美しいのです。

 一切のムダがない、でもすべてを受け入れても崩れないような、黄金律のようなルールに守られた、完全な宮殿です。』



なーぜーわーかーるー・・・・

今の私の思い描いていること、自分自身にかけているプレッシャー。

またも恐るべし、石井ゆかり。


なんなんでしょうね、占星学というのは。またそれを表現する語り部たちの才能にも脱帽です。


この夢において、私は完全なる戦う女です。


実は結構大変なことが多い。スピリチュアル業界(っていうか社会のマジョリティー)が権力的だったり、ナスティーだったりして肩を落とすこともある。また、その重圧が重すぎて、次の一歩が踏み出すのが難しかったりもする・・・んだけど、背後で見守って、折に触れて勇気を下さる諸先輩・・・いやいや大先方の言葉なき応援に触れると、本当に勇気がでますし、純粋に「知ること」を渇望し、汚れを自浄しながら励む(これは実はすごく大変なこと)生徒さんの姿にふれるたびに、心が洗われ、癒されます。


私もいつか名取さんみたいな素敵な人になれるだろうか。
もっと大きな愛のある、もっと強い女性に。


雨がふるといいね。


またね。