2013年3月15日金曜日

その後

なんとか元気にやっているSitaです。最近、パソコンを見ると目が疲れる!ということが分かってきて、IT離れの感ありですが、スワミジが「ウェブサイトやブログは更新してるのか?」と突然おっしゃるので、「はっ!してませんっ!しますっ!」ということで今ここに座っております。


アユールヴェーダでいうところのヴァータ(移動性の性質)バリバリの私。ただでさえフワフワ、スカスカしてるのに移動が激しいとあっという間に消耗してしまう。なので一箇所にじっと暮らすことの良さは身にしみますね。インドでしかそれが出来てないので。

スワミジのSivananda Yoga Vidya Peethamの目下の仮の宿りであるここヴァルカラは、美しいビーチが売りのリゾート地ですが、もともとは小さな村。地元の人の家と、旅行者向けの宿が隣り合わせで、生活の音が、沢山聞こえてくる。隣のおやじが娘と喧嘩する声、朝のうがいのガラガラ~ペッ!。赤ん坊が一生懸命泣いている声に、子供達のはしゃぐ声。

旅行者向けのカフェでは「ズンドコ、ズンドコ」パーティーサウンド。インド恒例、寺のラウドスピーカーから聞こえる爆音のご詠歌にモスクからはコーラン。風の強い日は磯に砕ける波の音、椰子の木が唸る音。遠くを渡るカラスの声に、色んな種類の鳥の声。猫に犬に、ねずみの運動会。木と間違えて窓にドリルを打つキツツキ。

中でもかわいいのは、「ポッポー」でも「ポッ」でもなくて「ぽ」と鳴くウッパンという鳥で、思わず「だから何!」と聞きたくなるような中途半端ぶり。

そのウッパンに「ぽ」で返事をすると近くに寄ってきて会話を続けてくれます。

まあ、一言で言えば賑やかなところです。前にいたアンボリアシュラムと反対で、修行には正直向かない場所なのかも知れない。いやあ、瞑想のしにくいこと、しにくいこと。

でも。

この幸せな騒音だな・・・とも思うのです。

サッチモの歌う「What a wonderful world」の心境かな。瀬戸内寂聴さんの小説の中で、お釈迦様が「アーナンダ、それでも世界は美しい」という台詞があるんだけど、そんな感じです。


幸せな騒音のもとを紹介しましょう。



となりのジミー君うたたね。

インドでは飼い犬が飼い主にコントロールされていないのでストレスなさそう。


夕暮れ時のアラビア海と、そこに浮かぶ漁師のカヌー。
小さな小さな船ですが、「ふぁいとぉ~!いっぱあ~つ!」って感じで荒波乗り越え沖へ出ます。



今回のTTCはとても良いグループで先生感激です。
近所のカーリー寺院のお祭りへ。10日間に渡って夜通しうるさかったなあ。


地元町内会と思われるが、お寺に奉納する太鼓の演奏。
このチームが一番人気。本当にクール!


そうそう、話をもどして、スワミジに言われて反省し、ホームページを英語、日本語とも少しだけ更新しました。インドでのコーススケジュールを紹介しているのと、6月からウパーサナサンガ大阪篇が始まるので、その件もチラッと。二ヶ月に一回、2日通しで行う予定です。先生からのお願いなんですが、東京と同じように、ドロップインの方式は予定していません。3回分、半年間のコミットをお願いしたい次第です。お世話係のまりちゃん、まだ詳細を送ってなくてごめん!ばばっと閃かして追ってお送りします。

日本語での通訳つきのTTCですが、可能性としては来年の4月から5月、東南アジアのどこかで、という線が濃厚なのですが、まだ分からない。

そこでですよ、もしも来年インドでのコースに、日本人が今のように沢山きて、私の仕事を代わってくれる有能なアシスタントが用意できるなら、私が通訳に入ってもいいよ、とスワミジが言ってくれたの。送受信機もないし、どこまで出来るかは分からないんだけど、そうなると、三回あるうちのTTCのうちの一回にまとまって日本人が来てくれるのがありがたい。来年の2月のコースでそれが出来ないか、早速検討に入りたいと思います。


明日は、今シーズン最後のTTCの試験&卒業式。外で生徒達が問題の出し合いっこをしている声が聞こえるな。本当に良いクラスだったから、またお別れが寂しいよ。みんなありがとう。さよなら三角またきて四角、シーユーレイター、アリゲーターだよ。

Om Om


Sita





2013年2月20日水曜日

読書の秋もとい冬というか初夏。


ここ、南インドの左っ側(西ともいう)には春がございません。
一年を通して最高気温は30度前後。この変化に乏しい気候のなかでも季節はあって、北半球なので12月、1月くらいはやっぱり冬なのよね。地元の人いわく「とても寒いから温かくしなくちゃ」って言ってもアータ、30度でしょう?暖かいよ。とはいえ日本の夏よりもずっと涼しく、とても過ごしやすいです。

こんな気候の良いところにおいて、毎度しけた話題で恐縮ですが、寝込んでましたー。今年はねー、昨年までに比べるとエネルギー不足な感じが否めません。昨年よりも少し枯れている気がする。でも、これが年をとっていくということなんでしょうね。たぶん。

で、寝込むといってもですよ、単なる過労なので、ベッドから起きるのがしんどいだけ。とてーも暇。そんなときに助けになったのが、日本から皆さんが持ってきてくれた古本たちでした。もう爆読み!どれもこれもとても面白かった。やっぱり日本語よね。

数年前に話題になりドラマ化された「夢をかなえるゾウ」。

とても爽やかな友情&恋愛ファンタジーの「そのときは彼によろしく」。

ミステリーの部類なのでしょうか?「和菓子のアン」は10代の女子の成長物語で、とても親近感。

そして、数年前にドラマ化されていた「華麗なる一族」ですな。

よっちゃんが上巻を持ってきてくれて初めて読んだんだけど、面白いではなはないか!続きが気になって仕方ないので、別の方にお願いしてわざわざお願いして下巻を買ってきてもらったの。待ってました!とばかりにドワーッと読んで最後にあとがきを見たら、なんと中巻があったらしい!ガーン・・・!

どうりで話が飛んでいると思った!大ショック!おかげで血圧がちょっと上がりました。つぎに来る方に中巻、お願いしてしまいましたよ。




キムタクが主演したらしいけど、誰の役をやったんだろう。ちょっと興味ありです。山崎豊子先生、さすが読ませますよね。プロの文章家、文章自体がお見事であなた様こそが華麗だよって感じ。中巻を待ちつつ上下巻きをくりかえし読みまくり。

帰りの飛行機を予約しました。シンガポールでスワミジのプログラムがあるので、それをお手伝いするために現地に寄ってから、いつものエアアジアで帰ります。クアラルンプール-羽田がなんと10350円!安い!シンガポールまでも片道一万円台です。日本の皆もよかったらシンガポール来ませんか?4月19日~22日の4日間プログラムだそうです。今回はSwami Nivedanananda司祭も行くらしい。つまり現地でPujaがあります。

実はこのシンガポールのあとに、今年こそどこかでリラックス、と思い数日間の空白の日程が組んであって、林芙美子の「放浪記」を温存してあるの。断固その時までページを開かないよ。

結局なんだかんだいいつつも、どこかで仕事をしてしまうのが常。

南の島で、寝たり起きたり、鼻歌をふんふん歌ったり、お腹を空かしたり、人恋しくなったりしながら独り読書に夢中になったり、そうかと思えば飽きてみたり。そんな日は果たして訪れるのでしょうか?????


本、大好きです。

誰かの書いた音楽や文章が、本質的に人間を救済することは出来ない。
人を直接的に変えることが出来るのは本人の気付きのみ。

でもね、その一曲や一冊が、人のやるせない一瞬をそっと掬い上げることは、あると思うんだよね。その一瞬の救いの時を、つないで、つないで、私達の人生が出来ている。生まれてきた目的を達成するまで私達を歩かせる追い風となる。

晴れる日もあれば、曇る日だってある。
低い日もあれば、低くない日だってある(血圧)。

人生は面白い。本はそんな人生のヴァラエティーを見せてくれるから、面白いね。

またね!




2013年2月2日土曜日

近況報告。

時は二月・・・。今シーズンもインドに来て早三ヶ月が過ぎてしまいました。三つ目のコースがもうすぐ終わろうとしています。今行っているのは一ヶ月のアドヴァンスコースで、スワミジが独立されてから今回で二回目なんだけど、生徒さんの構成によって内容がガラッと変わるんだ!っていう面白い現実をダイナミックに見せてもらってます。

例によってアドヴァンスコースは殆どの生徒が既に先生なので、とても成熟した雰囲気なんですが、生徒さんたちの雰囲気に乗じて先生のレクチャーの内容が深く、一歩も二歩も進んだ内容になりました。以前、私が一生懸命 Pujya Swami Dayananda 先生のお話を聞いている姿を「美しい」と評してくれた先生がいましたが、本当に私もそう思う。学びたい気持ちの皆さんの、学ぶ姿の美しさ。輝き。

         

日々のスケジュールは、朝4時半に始まって、21時半に終わるまで、合計6コマのクラスがびっしり。全部英語。そんな中に、よっちゃんが、たった一人の日本人としていらっしゃいます。しかもよっちゃん、ノーストレス。本当に幸せそうに、熱心に勉強している。そんな姿を見てると私も頑張ろうって心底思う。先生達の講義に熱が入る気持ち、よーく分かるよ。


よっちゃんは、私が日本で始めた最初の勉強会に、6ヶ月間一回も欠かさずにクラスに来続けてくれた唯一の生徒さん。ハッキリいってそんな人、滅多にいないっす。

「あ~、この人はよっぽど学びたいんだな~」って、胸の奥にずしん来まして、「そんなら私が手伝わないでか!」って思ったの。で、六ヶ月頑張りました。これまでに出した宿題も、家事とお仕事の合間を縫って、完璧以上にこなしてくれた。その結果、今の、幸せそうに学ぶ彼女の姿を見れて私も幸せ。よっちゃん、また次のステップへ、一緒に頑張ろう。

麗しきかな、二児の母よっちゃんと。
          





昨日久々に時間が出来て、ちらっとフェイスブックで遊んでいたら、高校の時のY先輩が記事をアップしていた。それが特に練習もしないながらもフルマラソンをここ10年位、毎年走っているっていうお話だったんだけど、よくよく考えてみたらなんかすごいな・・・と思えまして、その旨コメントさせて貰ったの。それに対して「たんなる物好きです」とのお返事。

いやいや~、待てよ、もの好きといったら世界で一番絶賛される対象のうちの一つではないか?10年続いたら立派なポリシーでは・・・。よっちゃんじゃないけど、よっぽど走りたいんだな・・・と私は思った。

で、思い出したんですな。マネージャーだった私が何で選手になろうかと思ったかというと、その先輩が駅伝を走るのを見たからなんだよね。なぜ他でもなくY先輩だったのかというと、先輩は、対戦相手への熱い闘志バリバリって訳でもなく、楽しそうに走ってるって訳でもなく、暑苦しい男の戦いの中で、なんか静かって言うか、一瞬エゴがないみたいな感じ?(なんじゃそりゃ?)みたいな・・・。

まったく言葉で説明できないんだけど、そんな風に見えたんだと思います。

「いいなー。走ると何が見えるんだろうなあ」・・・と。

エゴの塊の私は、この新たな思いつきに興奮しまくって「先生!選手にしてください!」と熱く宣言した訳ですが、二年ほど走りました。楽しかった。


その時にみた風景は、後に音楽を通して見た風景と、あるいはヨーガや瞑想を通して見た風景と、たぶん一緒です。そして、その風景はたぶん、本当は、いつでも見ている風景なんではないだろうか。透明すぎて無いみたいに見えるけど、その気になればいつでもそこにある風景では?
・・・という気がしている今日この頃でございます。




先日は、我らが愛すべきゴパールジの65歳のお誕生日でした。この三年間、毎年ゴパールジのお誕生日をお祝いさせて貰えて幸せ。今年はなんとプージャまでやっちゃいました。



ゴパールジ、長生きしてね。



ではまた!

2013年1月8日火曜日

今日はちょっぴり悲しい気持ち。

みなさん、こんにちは。
今日のヴァルカラの空は朝から泣きっ面。

どういうツテでかわからないけど、近所のTaj 系列のホテルから要請があって朝から韓国からのゲスト11人にヨガを教えに言ってきました。「韓国の方は皆さん健康だ!体も強く、柔らかい!」というのが感想。韓国では、日ごろから運動をするのがブームのようで、川沿いの遊歩道とか、公園にはかならずエクササイズマシーンが設置されています。で、早朝からおばちゃんたちがせっせとトレーニングしている。それらはちゃんと効果を発揮してるみたいだね。

雨降りの空模様とシンクロして、今日の私はちょっと悲しい気持ち。デリーの事件を皆さんもご存知でしょう。この手の事件は世界中のどこでもあるとはいえ、やっぱりとても悲しい事件だったなと・・・。そんなことを思っていたら、重ねてまた悲しい事件が私たちの身に降りかかってきた。

4年前に私がアシスタントしていたマドライATTCの生徒さんで、よく授業に行かずに電話で大喧嘩をしている女性がいたの。なぜ知っているかというと、プラハラーダ兄に「サボってる人をチェックするための見回り」を命じられていたからです。

一昨年まえに彼女がアンボリを訪れて再会を果たしましたが、マドライの時と同様に彼女は毎日何時間も電話で旦那様と大喧嘩。私は彼女に命じられて夫婦喧嘩の電話録音までさせられる始末。

そして今年、直近のコースの終わりかけの時期に彼女はやってきました。本人に「よく授業サボって部屋にいたよね」とからかうと「いいえ、全部出てたわよ、だってATTCだもの」。どうやら本人の中ではそれが真実のようで、つまり完全に自分の作り上げた世界の中で生きている人だってこと。

さて、そのコースの卒業式のときです。正式に手伝っていたスタッフたちにギフトと謝辞が贈られましたが、彼女の名前はそこに挙がらなかったわけです。なぜなら彼女はコースを手伝っていなかったからですね。しかし、彼女にとっては、彼女こそが誰よりも賛辞されるべき重要な人物であるわけで、ヒマラヤ山脈よりも高い彼女のプライドは傷つけられてしまった。そして復讐の鬼に豹変。

フェイスブックにメラメラと怒りの投稿をしたわけです。「スワミゴヴィンダナンダとスワミタットワルーパナンダと、シーターはとっても悪い。なぜ彼らがSYVCから排斥されたか理解した!」と書きなぐったのね。さらに、電話で「事をもっと大きくしてやる、誰それにメールを出すぞ!」とか諸々の宣言をして、知らない人たちにもメールを送りつけ始めた。(いやいやー、排斥といってもあなたは私の事情を知らないでしょうが~、っていうか、もはやこちらから願い下げですから~・・・というのは置いといて)

なぜ私???と言うことなんですが、その卒業式の席で珍しくお父さん(スワミジね)が私のことを賛辞したのよね。

「シーターは日本各地ほか、諸外国でのリトリートも成功させている、ご存知の通りスキルフルな先生です。合間を縫ってこのように皆さんへ奉仕するために来印していて感謝しています。この人の見えない裏方作業によってコースが支えられています。僕たちは永遠に彼女を予約しました!」

・・・みたいなことを言ったの。たぶんそれにが良くなかったんだと思います。なぜなら、実世界で私は彼女の先生だったけど、彼女の世界の中でその事実は消されていて、私はしがないジュニアティーチャーなのです。むしろ彼女の助手くらいの感じに摩り替わっている。

人々曰く、彼女は今の私のポジションが欲しかったのだ、とか。私にポジションなんてあったんだね。インドで床に這いつくばって仕事をしているような私にね。もしも私が、人に羨やまれるようなポジションにいるのだとしたら、それは床に這いつくばって働いたその道の上にあるものなのでしょうし、それを避けては辿り着けない場所なのでは無かろうか。


更に彼女は「私はスワミゴヴィンダナンダにこうして嫌な思いをさせてやって、とてもハッピー!」と投稿してしまったんだけど、でも、それ書いちゃったら「幸せな人間を不幸に陥れることを生きる糧にしている」てことがバレバレになっちゃうよね・・・。全うな人間だったら、この人の書いていることの矛盾点に気づかないはずが無い。


まあ、そんな諸々の事件によって、人間はとても悲しいなーって思っちゃったのでした。彼女はお金持ちのマダム。その人格ゆえかはわからないけど家庭生活はうまくいっていない。私が彼女に出会って以来、彼女は常に誰かに対して怒っていた。今はそのターゲットは私たち。とても寂しく、とても悲しい話だなって思いました。お金だけでは人はやっぱり幸せになれない。そのそも女とは業の深いものなのだろうか・・・・。

もしかしたら、これを読んでいる皆の中でも、変なメッセージを受け取った人がいるかも知れないね。でも、どう思われるかは皆さんの判断にお任せします。誰を目の前にしても、私は自分自身の行いに対してセルフコンヴィンスがあります。自分の行動に確信を持っているし、確信を持てないような行いは心口意においてしないと誓いました。どうしてかというと、それがヨーギニーだから。そういう生き方を私は選んだのだから。その確信の中で、私はスワミジを助けると決めたから。

しかし、中傷とはいえ、こんなワールドワイトに私の名前が発信されるようになったとはねえ。かえって良い宣伝になっているような気がしないでもないのですが・・・・。

スワミジがこんな酷い誹りを受けることは私をとても悲しくさせましたが、その横に私の名前をつけて貰えることは誇りです。スワミジの痛みを私が請け負えるなら本望。命を懸けてスワミジをお守りする覚悟が私にはあります。スワミジは私のラーマ。私はシーター?だったらいいんだけど、多分、ハヌマーンです。これまでも、陰ながらですがスワミジとともに数々に困難を乗り越えてきました。これからもそれは変わらない。切り開いていくのみ。地位も名前も、賛辞も、人々の注目も、パワーも、強大なバックアップも、そんなものは何もいらない。そんなものは人々の中に恐れをもたらすだけ。だからいらない。

こんな状況で私がクヨクヨしてたらなんの助けにもなれない。守りたい真実が、伝えたい真実があるからこそ、私は強くなれます。

皆の応援がまさに聞こえてくるようだわ。伝わっています。ありがとうねー。がんばるよーー!!



If somebody ask me


Now I can answer 

अहम् ब्रह्मास्मि'


There is no doubt.

And there is no fear.




雨降る日に
Sita



2013年1月5日土曜日

つぶやき


ノッてるついで・・・というか、今シーズン二つ目のコースの試験が終わって、ひとときの静寂の間に書いちゃうんだけど、先日、私の頭頂部に鍼をうって風のようにスリランカへ飛び立っていったTulasi マタとおしゃべりをしていたのね。気を許した相手との本音ポロリトークというか、個人的な好みの話なんだけど、「確信犯的なちゃっかりさん」というのは、あまり好みではないのです。

「人の脳みそを使って、自分は何もせず、おいしい所だけが欲しい」というのは・・・まあ、人のことなのでどうでもいいことなんだけど・・・やっぱり粋じゃないなあって思う。Tulasiマタと一緒に結婚式に出席したとき(ここにも書いたかもしれないけど)神父さんが「人は、人の“本気”に触れるときに初めて心動かされるんだと思う」と語っていて、まったくもってその通りだと強く頷いた記憶も新しいね、ってな感じでおしゃべりしてたんです。「セルフエフォートのある人がいいね、人の上前をはねるようなちゃっかり物は魅力的じゃないね」って。だから自分たちも努力を積み上げようと。

そしたらTulasiマタが「シータマはいつも本気だから人が集まるんですよね」と言ってくれた。確かに、笑っちゃうくらい本気かも(笑)。超一本気だし。もうちょっと何とかしろよって感じではありますが、いずれにせよありがたいお言葉でした。

人は、表の美しさ・・・姿かたちや名声・・・だけはなく、内側をちゃんと見てるんですよ。2メートルにも足りない、ちっぽけな人の体、その内側から私たちに向かってくる絶対的な感動を。

昨年も、日本各地で、タイで、そしてインドで、多くの人に恵まれました。心から皆さんとの出会いに感謝しています。どうもありがとう。だってそれがまた勇気に変わるからね。本気というのは体力が要るのです。

↓ こちら、いつも本気の男。
おとうさん、かっこいいです。


本気の一年を!
アディオス。

謹賀新年!



 新年明けましておめでとうございます。皆さん、良いお正月を過ごされましたか?
本年も、世界中のあらゆる生き物と、皆さんのご健康をお祈りしています。
どうか今年も学び多き一年となりますように。

もう十年くらい、というかそれ以上かも知れないけど、石井ゆかりさんという方の西洋占星術のサイトを楽しく読ませていただいていて(サイトのデザインがとってもクラシカルで歴史を感じさせるのだ)、今年も年報(←要チェック!)が出ましたー。

この方の文章のファンなんですよね。「占い」というんじゃなくて、宇宙の摂理の微かな声をキャッチした挙句、静かな熟考~言葉を探る内なる一人旅~の末にこう書こうと決めましたー・・・という感じ。言葉の美しさと、そして内容の美しさ!森羅万象の鋭さ、厳しさ、儚さ、しかしその影には大きな大きな温かさがあるってことを、よーく表してくれていて、それがとっても好き。

言葉は、ときに記号でしかないけれども、しかしその背景にあるのは大いなる意識で、言葉は生きている。今年のてんびん座をチェックしてみると、やっぱり素敵な言葉が発見されましたよ。ちなみに「成功」というのが今年のてんびん座のキーワードらしいので、その流れから・・・


精神的な「高さ」というものも、大切かもしれません。
心清らかであること、真に大切なものを大切にすること。
「成功」という社会的な基準からすると、
そうしたことはなんとなく「別世界」のような感じもするのですが、
この時期は、貴方が得て行く社会的な力と
人としての「美しさ」のようなものが、
強く結びついているように見えます。
日々、行っていることを誇らしく思えるか、
それが本当に人としての名誉なのか、というところに、
意識のスポットライトが当たることがあるかもしれません。



まったくもって賛成でございます。

気になる人はぜひ自分の星座をサイトをチェックしてみてください。週報もあるでよ。

さて巷は「おせちもいいけどカレーもね!」なんですが、こちらカレーばかり食べており、いつもは好きでないおせち料理が恋しい気もしてきます。人間はいつも無いものねだり。暑いのであまりお正月な気分になりにくいのですが、クリスマスからトゥラシマタが来印していたので、なんとか頑張って気分を盛り上げてみてます。

ちょっと、この10日間を写真で振り返ってみましょう。


七夕!
・・・ではなく、クリスマスツリーなんですけど~、やっぱり変じゃないすか?


ゴパールサンタ現る!ほとんど銀行強盗。


 サンタの手下トナカイはナイフを持っており危険でございます。


 明くる年、めでたいかな新年。ココナツの殻にお汁粉作りましたー!
私痩せたなー。



がんばれ日本!本年も宜しくお願いいたします。

平成25年 1月
Sita

2012年12月16日日曜日

ティーチャー・アヌープ参上!

ノッてるうちに、立て続けに更新!

このブログの読者の皆さんは、アヌープをご存知でしょう。

この夏も、日本とタイのワークショップやリトリートをさせていただきましたが、ヨーガを通して皆さんから頂戴したお金の一部を使って、11月、我らがアヌープ君をSivananda Yoga Vidya Peethamの参加してもらいました。

私が一人で勝手に作って勝手にやっている 「シータマ・ファウンデーション」=シータマ基金の初仕事でした。


おさらいですが、アヌープ君は18歳のときに貧しい子供たちのために学校をつくってしまった青年です。自身も一度も教育を受けていません。英語もヒンディー語も、書き方を習っていませんし、歌の歌い方、なんてのも習ったことがありません。一見、普通の20代前半の男の子なんですよ。

でも、これはスワミジにも話したんだけど、アヌープに2度目にあったとき、これは神様が私の前にあらわれたー!と思ったのね。これは神様にサーブしないと!でシータマ基金を考え付いたのです。彼の学校に寄付するのとは別の話として、彼のためにお金を使うのが良いのではないかと。なぜなら彼が世の中に良いことをすることが出来る人間だからです。

 なにはともあれ、かのトレーニングコースは、彼にとっては始めてのスクールライフとなりました。週末に二人でお寺にお参りに行った折のこと。

アヌープ 「シータマタジ。ありがとう。いま本当に楽しい、私、時々、泣いちゃうの」
シータ 「なんで楽しいのに泣いちゃうの?」
アヌープ 「もし自分が8歳とか、10歳とかの時に学校に行けていたらきっと楽しかったろうな・・・と思うと可哀想になっちゃうの。」

そんなこと言われたら私が泣いちゃうよ。


大変なことも沢山あったけど、いつもニコニコ笑って、周りの人を励まし、逆立ちが出来たら「やった、やったー」と満面の笑みで喜ぶアヌープは、私には、やっぱり神様にしか見えない。

面白かったのは、私の友達のあかねちゃんとアヌープのコンビネーション。

「アカチンさ、オレはもう疲れちゃったよ、全然わかんない。」
「アヌープ、あたしはもう頭がパンパカパンだよー。無理・・・(顔面蒼白)。」
「アカチン、ガンバロウ。全部覚えるのは無理かも知れないけど出来るところまでガンバロウ!」

中学生男子みたいなふたりの日常会話が面白かった。アカチンていうネーミングが、すごく日本ぽい。

あとアヌプの音痴(リズム音痴も含む)も微笑ましかったです。

アヌープはブッダガヤに帰ってすぐ、学校の子供たちに教え始めました。まだ2週間くらいしか経ってないけど、もう10人位の子供たちが頭立ちが出来るようになったそうです。

見よ!このうれしそうなアヌープ!


子供たちも元気でなによりです。


 アヌープの作った学校の支援をする日本のNPOが無事申請を通って設立されました。ご寄付などの方法についても、近々シェアさせていただこうと思います。

村の人にやっかみを買って、学校のトイレを壊されたときのことを熱く語っていたアヌープ。

「それで、あーして、こーして、こうなって、車で駆けつけたら、村の人がトイレをハンマーで壊してて、私、興奮して、車降りて走っていって、おじさんのことぶっちゃったよ!」



「おいおい、ぶっちゃだめでしょ、ぶっちゃ」・・・というのが私の役目かな。みなさん、引き続き、我らがアヌープを応援してくださいね。




ちなみに、シータマファウンデーションの将来の展望はですね、

1.ウッタラカシ(インド)に何人か住んでヨガもできる庵を建てる。
  Swami Govindananda先生に住んでもらう。

2.日本にヒンディー寺院を建てる。
  やっぱり場所は葛西でしょうか?

3.ワダッパウ(これ美味しいのよー)スタンドをつくる。
  ワダッパウ一個200円、チャイ200円・・・いや300円か?

Hari om.

Sita