こんにちは。
梅雨らしい毎日。ちょっと肌寒い。
今日は気負わず、ただ今日頭に浮かんでは消えていくことをメモのつもりで。
週末は、おじゃまんが山田くんみたいなボロアパートに若者が立て続けに来訪し、おしゃべりをしまして、めっちゃ楽しかった。また来て下さい!
ふと気づくと今日は6月15日で、亡くなった生徒の I さんの一周忌です。
郵便局の帰り、花屋の前を行ったり来たりして、結局お花を買った。
まだ一年しか経っていないと信じがたい。遠い遠い昔のことのようです。
・・・というのは多分、今と二年前くらい前とで、自分の中で何か大きな変化があるせいではないか?と推測する。
イマイチSNSに近寄れなくなっているのも、その変化のせいなんだと思う。
その変化は、目に見えるものではない=自分でも心の中で捉えがたい微細な変化なのです。
具現化が難しい=具体的な表現が難しい。
ただ、 I さんの訃報のような、なにか日常と少しだけ違う出来事が起こったときに、心のスクリーンにほんの幽かな形で映る感じがあって、捉えどころのない何かを、ちょっとだけキャッチ出来る気がする。
私があれをやっている、これをやっている。
誰かさんが病気になった、誰かさんが死んだ。
・・・というシンプルな対物化、対事象化が、なんだか出来なくなってしまったのだ。
気持ちの中で。
荒いバーコードで管理してたのが、システムが妙に精密になってしまった!どうすべ?みたいな。
主語と目的語が曖昧になってしまった感じ。
そうなると頭の中身がSNSの記事になりにくくなってしまって・・・。
この二年の間に、心を大きく動かす沢山の素敵なことがあったのだけど、それをみんなにもシェアしたいのだけど、なんか、出来ずにいます。
言葉の枠組みで雑に仕分けしてしまうのが、すごく勿体なく思えているのかも知れない。
でも、シェアしたい思いもあるので、諦めてはいないんだけどね。
いつかその思いを自分で叶えると思うけど、ちょっとばかり時間かかるかも。
そんな曖昧模糊で不明瞭の私、今そんな感じなんだなあって気づかせてくれる出来事たち。
I さんのこともそう。
バーコードじゃない、境目のない、滑らかなテクスチャー。
いつもクラスの後にみんなにチョコレートをくれた I さん。
タイムリーに今日はクラスだからね、私が配るよ!
自分のために、お優しい I さんを知る人たちのために、おせっかいながら記しておきました。
ともに思いを馳せましょう。